・・・長い舌を出してぺろぺろとぼくや妹の頸の所をなめて、くすぐったがらせる犬、けんかならどの犬にだって負けない犬、めったにほえない犬、ほえると人でも馬でもこわがらせる犬、ぼくたちを見るときっと笑いながら駆けつけて来て飛びつく犬、芸当はなんにもでき・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ 処を沖へ出て一つ暴風雨と来るか、がちゃめちゃの真暗やみで、浪だか滝だか分らねえ、真水と塩水をちゃんぽんにがぶりと遣っちゃ、あみの塩からをぺろぺろとお茶の子で、鼻唄を唄うんだい、誰が沖へ出てベソなんか。」 と肩を怒らして大手を振った・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 僕は、数丈のうわばみがぺろぺろ赤い舌を出し、この家のうちを狙って巻きつくかのような思いをもって、裏手へまわった。 裏手は田圃である。ずッと遠くまで並び立った稲の穂は、風に靡いてきらきら光っている。僕は涼風のごとく軽くなり、月光のご・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 肉屋が右手でくびのところをだくようにしますと、犬は、言われたことがわかったように、肉屋の左手の甲をぺろぺろなめました。犬はそのまま夕方まで肉屋の店先で番をしました。あたりの犬たちが出て来て、店の中へもぐりこもうとでもしますと、やせ犬は・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・そうしてその一端を指でつまんで高く空中に吊り下げた真下へ仰向いた自身の口をもって行って、見る間にぺろぺろと喰ってしまって、そうしてさもうまそうに舌鼓をつづけ打った。その時の庫次爺の顔を四十余年後の今朝ありありと思い浮べたのである。どうしてそ・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・お石は赤を抱こうとして其手を長い舌でぺろぺろと嘗められた。威勢のいい赤は其から幾年間を太十の手に愛育された。太十とお石との情交は移らなかった。お石は顔に小さい皺が見えて来てもう遠から白粉は塗られなかった。盲目の衰え易い盛りの時期は過ぎ去って・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫