・・・町の空気に、それ位ひろい伝統的な抱擁力がある証拠と思う。 いよいよ今日は立たなければならないという日。雲は断れたが、強い風が出た。すっかり霽れ上ったというのでもない。思い出したように大粒な雨が風と一緒に横なぐりにかかる。 Y、「・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・の天地は、古代芸術の香りを慕って来る者をほんとに心ゆく迄、抱擁して呉れます。 そして、その土地の人達も、曾て憤りという気持を起した事のない程平和な、亦保守的生活を続けている。恐らく彼等の生活は奈良朝時代から、一歩も進んでいないように見受・・・ 宮本百合子 「「奈良」に遊びて」
・・・その問題を抱擁し、こなし、芸術的表現を与えた作者の、芸術家として純一な、全人的な燃焼と昂揚とに感動させられるのでございます。最も貴女らしい文字を透して、私共は、貴女に成り切った貴女の御心を読ませられます。その時、貴女というものは、他の追従を・・・ 宮本百合子 「野上彌生子様へ」
・・・ソヴェト権力は、この巨大な新建設の要求のために、ドシドシ有能な市民の自発性を抱擁した。その新しい社会の働きてとしての価値においては男、女の旧い区別は消されている。 セイフリナは十月革命の時にもう舞台をやめて、オレンブルグ地方で図書館監督・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・けれども年上であり、成熟した女性であるアンネットの肉体と精神との中には、既に感覚として、自覚される欲望として異性を愛し、抱擁しようとする熱情があるのであるが、若いジュネヴィエヴはこの点ですっかり違う。「私の肉体は少しも私の精神の脱線を諾わな・・・ 宮本百合子 「未開の花」
・・・我々の生活は穢ないものをもきれいなものをも包容している。迷いもすればまた火のように強烈に燃え上がることもある。耽溺の欲望とともに努力の欲望もある。この内面の豊富な光景を深く理解した人の見方が、彼らの見方よりもいかに多くの高い価値を持っている・・・ 和辻哲郎 「「自然」を深めよ」
・・・その貴さは溌剌たる感受性の新鮮さの内にあります。その包容力の漠然たる広さの内にあります。またその弾性のこだわりのないしなやかさの内にあります。それは青春期の肉体のみずみずしさとちょうど相応ずるものです。そうして年とともに自然に失われて、特殊・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
・・・私は彼らをも同胞として抱擁し得るような大きい愛をはぐくみたい。私はそういう愛の芽ばえが力強く三月の土を撞げかかっているように感ずる。 春が来た。春が来た。真実の生の春が来た。すべてはこれからだ。六 私は彼らを再び愛し得る・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫