・・・そして、毎晩のように、そのお宮にあがったろうそくの火影が、ちらちらと揺らめいているのが、遠い海の上から望まれたのであります。 ある夜のことでありました。おばあさんは、おじいさんに向かって、「私たちが、こうして暮らしているのも、みんな・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・日が暮れると海辺へ出ては、火をたいて、もしやこの火影を見つけたら、救いにきてはくれないかと、あてもないことを願った。三人は、ついに丘の上の獄屋に入れられてしまった。そして、長い間、その獄屋のうちで月日を送ったのだ。たまたま月の影が、窓からも・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ それで沖を見渡しても、一つの帆影も、また一条の煙の跡も見ることがなかったのです。ただ波頭が白く見えるかと思うと消えたりして、渺茫とした海原を幾百万の白いうさぎの群れが駆けまわっているように思われました。 毎夜のように町では戸を閉め・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・ああ、これこそ神さまのお助けだと思って、その火影をただ一つの頼りに、前へ前へと歩き出したのでありました。 宝石商は、やっとその燈火のさしてくるところにたどり着きました。それはみすぼらしい小舎でありました。中へ入って助けを乞いますと、小舎・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・また眼を転じて此方を見ると、ちら/\と漁火のように、明石の沿岸の町から洩れる火影が波に映っている。 歩いて須磨へ行く途中、男がざるに石竹を入れて往来を来るのに出遇った。見たことのないような、小さな、淡紅い可愛らしい花が咲いていた。また、・・・ 小川未明 「舞子より須磨へ」
・・・と車夫は提灯の火影に私の風体を見て、「木賃ならついそこにあるが……私が今曲ってきたあの横町をね、曲ってちょっと行くと、山本屋てえのと三州屋てえのと二軒あるよ。こっちから行くと先のが山本屋で、山本屋の方が客種がいいって話だから、そっちへお行で・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・それで例の想像にもです、冬になると雪が全然家を埋めて了う、そして夜は窓硝子から赤い火影がチラチラと洩れる、折り折り風がゴーッと吹いて来て林の梢から雪がばたばたと墜ちる、牛部屋でホルスタイン種の牝牛がモーッと唸る!」「君は詩人だ!」と叫け・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・山黒く海暗し。火影及ぶかぎりは雪片きらめきて降つるが見ゆ。地は堅く氷れり。この時若き男二人もの語りつつ城下の方より来しが、燈持ちて門に立てる翁を見て、源叔父よ今宵の寒さはいかにという。翁は、さなりとのみ答えて目は城下の方に向かえり。 や・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・燈をかかげて戸外をうかがう、降雪火影にきらめきて舞う。ああ武蔵野沈黙す。しかも耳を澄ませば遠きかなたの林をわたる風の音す、はたして風声か」同十四日――「今朝大雪、葡萄棚堕ちぬ。 夜更けぬ。梢をわたる風の音遠く聞こゆ、ああこれ武蔵野の・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・、おなじ島の南にあたる尾野間という村の沖に、たくさんの帆をつけた船が、小舟を一隻引きながら、東さしてはしって行くのを、村の人たちが発見し、海岸へ集って罵りさわいだが、漸く沖合いのうすぐらくなるにつれ、帆影は闇の中へ消えた。そのあくる朝、尾野・・・ 太宰治 「地球図」
出典:青空文庫