・・・なるほど素人目にも、この二三日の容体はさすがに気遣われたのであるが、日ごろ腎臓病なるものは必ず全治するものと妄信していたお光の、このゆゆしげな医者の言い草に、思わず色を変えて太胸を突いた。「まあ! じゃその尿毒性とやらになりますと、もう・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・この時代の人は大概現世祈祷を事とする堕落僧の言を無批判に頂戴し、将門が乱を起しても護摩を焚いて祈り伏せるつもりでいた位であるし、感情の絃は蜘蛛の糸ほどに細くなっていたので、あらゆる妄信にへばりついて、そして虚礼と文飾と淫乱とに辛くも活きてい・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・想うにこれらは権威者の罪というよりはむしろ権威者の絶対性を妄信する無批判な群小の罪だと考えなければなるまい。もとより一般から権威と認められる人がその所説を発表し主張するについては慎重でなければならぬ事は勿論であるが、如何なる人でも千慮の一失・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・証明のできない言明を妄信するのも実はやはり一種の迷信であるとすれば、干支に関するいろいろな古来の口碑もいつかはまじめに吟味し直してみなければならないと思われるのである。 七 灸治 子供の時分によくお灸をすえると言って・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・これを誤解すれば、物理学を神の掟のように思って妄信してしまうか、さもなくば反対に物理学の価値を見損なって軽侮してしまうかの二つに一つである。 物理の実験である予定の結果に到達しようとするには、その結果を支配し得べきあらゆる条件要素を考え・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・ 戦争中、虚偽の大本営発表で勝利への妄信に油を注ぎつづけた責任者は誰であったろう。現実がその妄想を打破った幻滅の心を、自力で整理するだけの自主的な「考える力」を必死に否定してあらゆる矛盾した外部の状況に受身に、無判断に盲従することを「民・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・斯様な批評を下す人は従来日本の女性が魂まで殺戮されて来た半婢半娼の待遇を、家長――男性の女性に対すべき態度だと思い、その無自覚な沈黙と奴隷的な服従とを女性の誇るべき美徳と妄信する輩でございます。彼の渾沌たる智は、「今」に発育しつつある文明の・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫