・・・「坊主。行って来い。俺が行くと好いのだが、俺はちと重過ぎる。ちっとの間の辛抱だ。行って来い。行って梨の実を盗んで来い。」 すると、子供が泣きながら、こう言いました。「お爺さん。御免よ。若し綱が切れて高い所から落っこちると、あたい・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・「梅坊主! 梅坊主」 私はこう心の中に繰返して笑いをこらえていたが、ふっと笑えないようなある感じがはいってきて、私の心が暗くなった。「禅骨! 禅骨!」 私は今度はこう口へ出して、ほめそやすように冗談らしく彼に声をかけたが、し・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
・・・ その医官は、頭をくり/\坊主にして、眼鏡をかけていた。三等軍医だった。それが、私の眼鏡を見て、強いて近眼らしくよそおうとしているものと睨んだのである。御自分の眼鏡には、一向気づかなかったものらしい! そこで、私は、入営することにな・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・ 戦死者があると、いつも、もと坊主だった一人の兵卒が誦経をした。その兵卒は林の中へもやって行った。 林の中に嗄れた誦経の声がひゞき渡ると、薪は点火せられ、戦死者は、煙に化して行くのだった。薪が燃える周囲の雪が少しばかり解けかける。・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・禅宗の味噌すり坊主のいわゆる脊梁骨を提起した姿勢になって、「そんな無茶なことを云い出しては人迷わせだヨ。腕で無くって何で芸術が出来る。まして君なぞ既にいい腕になっているのだもの、いよいよ腕を磨くべしだネ。」 戦闘が開始されたようなも・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・住持といっても木綿の法衣に襷を掛けて芋畑麦畑で肥柄杓を振廻すような気の置けない奴、それとその弟子の二歳坊主がおるきりだから、日に二十銭か三十銭も出したら寺へ泊めてもくれるだろう。古びて歪んではいるが、座敷なんぞはさすがに悪くないから、そこへ・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・くるくる坊主ですねここの村長は」「ええ、ほほほ」「そしたらあの人が親切に心配してくれたんです」「そしてここの小母さんに、私は母というものがないんだから、こんな家へ置いてもらったらいいのですがって、そうおっしゃったのですってね」・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・幾らお前さんのお父っさんがエスキルといったって、エスキルという名を付ける坊主はお前さんには出来ないわ。なんだって黙っているの。黙って黙って黙り通しにしているの。わたしいつもこんな時は、そんなにしているのがお前さんの強みだと思ったわ。だけれど・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・いつまで経っても、なまぐさ坊主だ。ジイドは、その詩句に続けて、彼の意見を附加している。すなわち、「芸術は常に一の拘束の結果であります。芸術が自由であれば、それだけ高く昇騰すると信ずることは、凧のあがるのを阻むのは、その糸だと信ずることであり・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・殺人、あるいはもっとけがらわしい犯罪が起り、其の現場の見取図が新聞に出ることがありますけれど、奥の六畳間のまんなかに、その殺された婦人の形が、てるてる坊主の姿で小さく描かれて在ることがあります。ご存じでしょう? あれは、実にいやなものであり・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫