・・・――純白な紙、やさしい点線のケイの中に何を書かせようと希うのか深みゆく思い、快よき智の膨張私は 新らしい仕事にかかる前愉しい 心ときめく醗酵の時にある。一旦 心の扉が開いたら此上に私の創る世界が湧上ろ・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・ 明治十三年に神田の区会に婦人傍聴者が現れたということが神崎清氏の婦人年鑑にあって、それから明治二十三年集会結社法で婦人の政談傍聴禁止がしかれるまで、成田梅子、村上半子、景山英子らの活溌な動きがあったのだが、岸田俊子にしろ当時の自由党員・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・ 私は、一人の妻として計らずもこの事件の公判の傍聴者であり目撃者であった。一九四〇年春ごろから非転向の人たちだけの統一公判がはじまった。事件のあった時から足かけ八年目である。 転向を表明した人々の公判が分離して行われ、大泉兼蔵の公判・・・ 宮本百合子 「信義について」
・・・戦争と軍需生産者の独占資本の関係は、資本主義の社会悪として、全人類的犯罪の可能にまで膨脹して来た。誰でも知るように、資本主義社会での政治的方向は独占資本の欲する方向と反対ではあり得ない。資本主義の国々での政治はもとより人民の手にないし、政治・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・閉廷したのであったが「法廷両側に貼られた『傍聴人心得』の必要をみとめないほど、この日の法廷は野次も旗も労働歌もない、ただ熱心にメモをとるばかりの傍聴席風景だった。」 被告たちが、いっせいに公訴の不当を訴えた根拠というのは、どういうものだ・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・一人の作家が、時流におされて、或る程度日常生活を世俗的に膨脹させてしまうと、そのふくらんだ日暮しを、ころがしてゆくために、執筆は稼ぎとならざるを得ず、稼ぎともなれば、注文に敏感ならざるを得ない。 戦時中、日本の文学者たちが示したおどろく・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・また、植民地膨脹期のエリザベス朝の戯曲家シェクスピアが生きた時代のイギリス感情でもある。 オセロの黒檀のようなつややかなきつい人間美。デスデモーナの柔かく白い大理石のような美しさ。その二人の間に、オセロの愛のしるしとして一枚のきれいなハ・・・ 宮本百合子 「デスデモーナのハンカチーフ」
・・・被告宮本ただ一人、傍聴者は弁護士と妻と看守ばかりという法廷であった。戦争に気を奪われ左翼の存在を忘れさせられた人々は殺人の公判には傍聴に入っても治安維持法の公判廷には姿を見せなくなった。治安維持法の意味を知り、公判に関心をもつ人々は危険をお・・・ 宮本百合子 「年譜」
・・・ 六十五人の同盟員と三百人近い傍聴者とは、ギッシリ観客席を埋め、手に手に二十八頁の議事録をひろげている。 徳永直が、例の二つの黒い鼻の穴で階級を嗅ぎ分けるというような恰好で、熱心に委員橋本英吉の報告をきいている。「肩を聳した」小林多・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
けさ、新聞をひろげたら、『衆院傍聴席にも首相の「若き顔」』として、米内首相の子息の学生服姿が出ている。本当にこの息子さんの面ざしはお父さんの俤を湛えているけれども、この若人も、きのうはやっぱり地下室に蜒々と連らなった人の列・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
出典:青空文庫