・・・まんじりともしないで東の空がぼうっとうすむらさきになったころ見ますと屋根の上には一面に白いきらきらしたものがしいてあります。 燕はおどろいてその由を王子に申しますと、王子もたいそうおおどろきになって、「それは霜というもので――霜と言・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・舟津の森もぼうっと霧につつまれてしまった。忠実な老爺は予の身ぶりに注意しているとみえ、予が口を動かすと、すぐに推測をたくましくして案内をいうのである。おかしくもあるがすこぶる可憐に思われた。予がうしろをさすと、「ヘイあの奥が河口でござい・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ 女房もやはり気がぼうっとして来て、なんでももう百発も打ったような気がしている。その目には遠方に女学生の白いカラが見える。それをきのう的を狙ったように狙って打っている。その白いカラの外には、なんにも目に見えない。消えてしまったようである・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・の前で立ち停っている浜子の動きだすのを待っていると、浜子はやがてまた歩きだしたので、いそいそとその傍について堺筋の電車道を越えたとたん、もう道頓堀の明るさはあっという間に私の躯をさらって、私はぼうっとなってしまった。 弁天座、朝日座、角・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・社がひけてからここへやって来ることになっているのだが、たぶん急に用事ができて脱けられぬと思う、よってもう暫らく待っていただけないか、いま社へ電話しているから、それにしても今日は良いお天気で本当に――、ぼうっとして顔もよう見なかったなんて恥か・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・そう思ってSの顔を見ようとしたが、私の眼はもはやぼうっとかすんでいた。雨が眼にはいったせいばかりではなかった。ぼろりと泪を落して、私は、Sはきっと目覚しい働きをするだろうと、Sの逞しい後姿を見た。そうしてSの姿を見失うまいと、私はもはや傘も・・・ 織田作之助 「面会」
・・・「けちくさい仕事はせんというのが、掏摸の良心や、浦島太郎みたいに、ぼうっとなっている引揚早々の男を覘うのは、お前けちくさ過ぎるわい。――おい、亀公、お前も掏摸なら掏摸らしゅう、もう一本筋の通った仕事をしろ」 返して来いと、豹吉はすさ・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・とは、先ず殆ど想像出来ぬのでありまするが、そのウィンパーの記したものによりますると、その時夕方六時頃です、ペーテル一族の者は山登りに馴れている人ですが、その一人がふと見るというと、リスカンという方に、ぼうっとしたアーチのようなものが見えまし・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ 女房も矢張り気がぼうっとして来て、なんでももう百発も打ったような気がしている。その目には遠方に女学生の白いカラが見える。それをきのう的を狙ったように狙って打っている。その白いカラの外には、なんにも目に見えない。消えてしまったようである・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ 急に暑くなった日に電車に乗って行くうちに頭がぼうっとして、今どこを通っているかという自覚もなくぼんやり窓外をながめていると、とあるビルディングの高い壁面に、たぶん夜の照明のためと思われる大きな片かなのサインが「ジンジンホー」と読まれた・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
出典:青空文庫