・・・ブラシを板の上に置くや否や、そいつがぼうっとかすんで無くなって、風がどうっと室の中に入ってきました。 二人はびっくりして、互によりそって、扉をがたんと開けて、次の室へ入って行きました。早く何か暖いものでもたべて、元気をつけて置かないと、・・・ 宮沢賢治 「注文の多い料理店」
・・・今年の夏からのいろいろなつらい思いが何だかぼうっとみんな立派なもやのようなものに変って頭の上に環になってかかったように思いました。そしてもうあの不思議に意地の悪い性質もどこかへ行ってしまって樺の木なども狐と話したいなら話すがいい、両方ともう・・・ 宮沢賢治 「土神ときつね」
・・・一心に眺め入っている子供の心はひき込まれ、波紋と一緒にぼうっとひろがる。何処かわからないところへいい気持ちにひろがって行ってしまう。――水だって子供だって何処へひろがるのか、何のためにひろがるか知りはしない。子供はそのままいつか眠る。・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・眼を離そうとしても離れず、涙であたりがぼうっと成った。祖母の仕業だ。祖母は朝はパンと牛乳だけしか食べない。発病した朝焼いたまま、のこしたのだろう。捨てることを誰も気がつかなかったのだ。涙組みながら、私は自分の涙を怪しんだ。奇妙ではないか、祖・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 雪はこの返事をしながら、戸を開けて自分が這入った時、大きい葉巻の火が、暗い部屋の、しんとしている中で、ぼうっと明るくなっては、又微かになっていた事を思い出して、折々あることではあるが、今朝もはっと思って、「おや」と口に出そうであったの・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫