・・・珊瑚の幹をならべ、珊瑚の枝をかわしている上に、緑青をべたべた塗りつけたようにぼってりとした青葉をいただいている。老爺は予のために、楓樹にはいのぼって上端にある色よい枝を折ってくれた。手にとれば手を染めそうな色である。 湖も山もしっとりと・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ 流行もなにもないぼってりした恰好で、後れ毛を頬にたらした無学なおとなしいグラフィーラは、自分達の家庭へ他人があばれ込むのも制御出来ない。而も、彼女は今辛い心持をやっと押えているのであった。さっきアイロンをかけるためにドミトリーの上着を・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・それらしい人は見当らない。ぼってり太った、白い無精髭の生えた爺さん、この司書は体つきからして別人である。若い人は論外だし、もう一人いる人も、円いような顔の老人で、すっかり背中を丸め、机の下でこまかい昔の和綴じの字書の頁をめくっている。もうあ・・・ 宮本百合子 「図書館」
出典:青空文庫