・・・ 雪を振り落してから、一本腕はぼろぼろになった上着と、だぶだぶして体に合わない胴着との控鈕をはずした。その下には襦袢の代りに、よごれたトリコオのジャケツを着込んでいる。控鈕をはずしてから、一本腕は今一本の腕を露した。この男は自分の目的を・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・君の靴がぼろぼろだね。どうしたんだろう。」 実際ゴム靴はもうボロボロになって、カン蛙の足からあちこちにちらばって、無くなりました。 カン蛙はなんとも言えないうらめしそうな顔をして、口をむにゃむにゃやりました。実はこれは歯を食いしばる・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・ すると三郎は国語の本をちゃんと机にのせて困ったようにしてこれを見ていましたが、かよがとうとうぼろぼろ涙をこぼしたのを見ると、だまって右手に持っていた半分ばかりになった鉛筆を佐太郎の目の前の机に置きました。 すると佐太郎はにわかに元・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・ 駆逐艦隊はもうあんまりうれしくて、熱い涙をぼろぼろ雪の上にこぼしました。 烏の大監督も、灰いろの眼から泪をながして云いました。「ギイギイ、ご苦労だった。ご苦労だった。よくやった。もうおまえは少佐になってもいいだろう。おまえの部・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・あなたの帯はもうぼろぼろになりましたろう? はじめからあれはやすものだったですものね。この次の手紙のとき、そのしおたれ工合をお知らせ下さい。今年の夏、私はやはり東京を離れない予定です。何とかして、すこしはさっぱりした一夏を送らせてあげたいと・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 一九三一年の後半期、張作霖を爆死させて満州への侵略がはじまってから一九四五年八月十五日まで、日本の人民生活の物も心もぼろぼろになり果るまで、わたしたちは十四年間の戦争にさらされた。戦争は現代の資本主義の国々が互にもっている利害の矛盾や・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・ 馬鈴薯と小麦、米などの少しばかりの俵は反対のすみにつみかさねられて赤くなった鍬だの鎌が、ぼろぼろになった笠と一緒にその上にのっかって居る。 鶏にやる瀬戸物を砕いた石ころが「ホウサンマツ」を散(きらした様にキラキラした中にゴロンとだ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・予は人の葬を送って墓穴に臨んだ時、遺族の少年男女の優しい手が、浄い赭土をぼろぼろと穴の中に翻すのを見て、地下の客がいかにも軟な暖な感を作すであろうと思ったことがある。鴎外の墓穴には沙礫乱下したのを見る外、ほとんど軟い土を投じたのを見なかった・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・あのぼろぼろになった着物を着た男がまいりましたの。厭な顔をしてわたしを見ましたから、戸を締めようと思いましたの。目が変に光っていて、その目で泣くかと思うと、口では笑っているのですもの。わたしが戸を締めようとすると、わたしの手を打ちましたの。・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・「誰だ、この剃刀をぼろぼろにしたのは。」 父親は剃刀の刃をすかして見てから、紙の端を二つに折って切ってみた。が、少し引っかかった。父の顔は嶮しくなった。「誰だ、この剃刀をぼろぼろにしたのは。」 父は片袖をまくって腕を舐めると・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫