・・・ 裏から紙を貼ってある一枚の十円札、まだ新しいもう一枚の十円と五円とは、黒っぽい襤褸にくるまって今もやはりあの古綿の奥に入っているものと、彼は思っていたのである。 そして、独り遺った息子の六に、唯一の頼りを感じて暮して行くはずだった・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・だから、戦争に便乗して、そのとき一時にしろ儲けたのは、ほんの一部の者であり、その一部の者というのは、そのときがたがたになっていたにしろとにかく工場と名のつくものをもち、あるいは、ぼろ工場を買うことのできるだけの借金のかたにする何ものかをもっ・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・囚人たちが使ってぼろになったチョッキ、足袋、作業用手套を糸と針とで修繕する仕事であった。朝の食事が終ると、夕飯が配られる迄、その間に僅かの休みが与えられるだけで、やかましい課程がきめられていた。日曜大祭日は、その労役が免除された。そういう日・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ 休日毎に朝早くゴーリキイは袋をもって家々の中庭や通りを歩き、牛骨、襤褸、古釘などを拾いあつめた。襤褸と紙屑とは一プード二十哥。骨は一プード十哥か八哥で屑屋が買った。彼はふだんの日はこの仕事を学校がひけてからやった。 屑拾いよりもっ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 休日ごとにゴーリキイは袋をもって家々の中庭の通りを歩き、牛の骨、ぼろ、古釘などをひろった。またオカ河の材木置場から薄板を盗むこともやった。それで三十カペイキから半ルーブリを稼ぎ、銭は祖母にやる。――この時代の仲のよい稼ぎ仲間とのほこり・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
・・・ それがフランクに、友人として、種々のことを話したり、「随分ぼろ家ですからね」と、仮令金高は僅かでも、好意で引いたりして呉れたことは、真から二人に快感を与えた。 此から幾年か居る、その家を貸すものに、唯利害関係からではなく、・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・それは貧乏で、居る横町も穢なければ家もぼろでした。天井も張ってない三角の屋根の下には、お婆さんと、古綿の巣を持つ三匹の鼠と、五匹のげじげじがいるばかりです。 朝眼を覚ますと、お婆さんは先ず坊主になった箒で床を掃き、欠けた瀬戸物鉢で、赤鼻・・・ 宮本百合子 「ようか月の晩」
・・・その亀蔵が今年正月二十一日に、襤褸を身に纏って深野屋へ尋ねて来た。佐兵衛は「お前のような不孝者を、親父様に知らせずに留めて置く事は出来ぬ」と云った。亀蔵はすごすご深野屋の店を立ち去ったが、それを見たものが、「あれは紀州の亀蔵と云う男で、なん・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・その真ん中に、襤褸を着た女がすわって、手に長い竿を持って、雀の来て啄むのを逐っている。女は何やら歌のような調子でつぶやく。 正道はなぜか知らず、この女に心が牽かれて、立ち止まってのぞいた。女の乱れた髪は塵に塗れている。顔を見れば盲である・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫