・・・すると眉を吊り上げた彼女は、年をとった木樵りの爺さんを引き据え、ぽかぽか白髪頭を擲っているのです。しかも木樵りの爺さんは顔中に涙を流したまま、平あやまりにあやまっているではありませんか!「これは一体どうしたのです? 何もこういう年よりを・・・ 芥川竜之介 「女仙」
・・・日中は秋とは申しながらさすがに日がぽかぽかとうららかで黄金色の光が赤いかわらや黄になった木の葉を照らしてあたたかなものですから、燕は王子のおおせのままにあちこちと飛び回って御用をたしていました。そのうちに王子のからだの金はだんだんにすくなく・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・ 私はこう下を向いて来かかったが、目の前をちょろちょろと小蛇が一条、彼岸過だったに、ぽかぽか暖かったせいか、植木屋の生垣の下から道を横に切って畠の草の中へ入った。大嫌だから身震をして立留ったが、また歩行き出そうとして見ると、蛇よりもっと・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ この燈籠寺に対して、辻町糸七の外套の袖から半間な面を出した昼間の提灯は、松風に颯と誘われて、いま二葉三葉散りかかる、折からの緋葉も灯れず、ぽかぽかと暖い磴の小草の日だまりに、あだ白けて、のびれば欠伸、縮むと、嚔をしそうで可笑しい。・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ そして目を開けますと、なにもかも消えてしまって、ただ砂山に、日がぽかぽかとあたっているばかりでありました。 このとき、二郎は、ふと沖の方を見ますと、そこにはわき出たように、赤い船が青い海の波間に浮かんでいたのであります。 二郎・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・帆をあげた舟、発動汽船、ボート、櫓で漕ぐ舟、それらのものが春のぽかぽかする陽光をあびて上ったり下ったりした。 黒河からブラゴウエシチェンスクへは、もう、舟に乗らなければ渡ってくることはできない。しかし、警戒兵は、油断がならなかった。税関・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・からだが、ぽかぽかして来やしませんか。」「うむ。ぽかぽかして来たようだ。」 突然、青年は、声を挙げて笑った。「先生、ごめんなさい。それは、青大将なんです。お酒も、濁酒じゃないんです。一級酒に私がウイスキイをまぜたんです。」 ・・・ 太宰治 「母」
・・・そこに干してある蒲団からはぽかぽかと暖かい陽炎が立っているようであった。湿った庭の土からは、かすかに白い霧が立って、それがわずかな気紛れな風の戦ぎにあおられて小さな渦を巻いたりしていた。子供等は皆学校へ行っているし、他の家族もどこで何をして・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・春先などのぽかぽか暖かい日には、前日雨でもふって土のしめっているところへ日光が当たって、そこから白い湯げが立つことがよくあります。そういうときによく気をつけて見ていてごらんなさい。湯げは、縁の下や垣根のすきまから冷たい風が吹き込むたびに、横・・・ 寺田寅彦 「茶わんの湯」
・・・ あとで聞いてみると、玄関の騒ぎが終わった後に女中が部屋へ帰ってすわっているうちに妙に背筋の所がぽかぽか暖かになって来たそうである。変だと思っているうちに、そこに重みのある或るものが動くのを感じたので、はじめて気がついていきなり茶の間へ・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
出典:青空文庫