・・・ 男たちはよろこんで手をたたき、さっきから顔色を変えて、しんとして居た女やこどもらは、にわかにはしゃぎだして、子供らはうれしまぎれに喧嘩をしたり、女たちはその子をぽかぽか撲ったりしました。 その日、晩方までには、もう萱をかぶせた小さ・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・中ではお茶がひっくり返って、アルコールが青くぽかぽか燃えていました。クーボー大博士は器械をすっかり調べて、それから老技師といろいろ話しました。そしてしまいに言いました。「もうどうしても、来年は潮汐発電所を全部作ってしまわなければならない・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・だからもう熊はなめとこ山で赤い舌をべろべろ吐いて谷をわたったり熊の子供らがすもうをとっておしまいぽかぽか撲りあったりしていることはたしかだ。熊捕りの名人の淵沢小十郎がそれを片っぱしから捕ったのだ。 淵沢小十郎はすがめの赭黒いごりごりした・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
・・・ それは早くもその蟇の語を聞いたからです。「鴾の火だ。鴾の火だ。もう空だって碧くはないんだ。 桃色のペラペラの寒天でできているんだ。いい天気だ。 ぽかぽかするなあ。」 若い木霊の胸はどきどきして息はその底で火でも燃えてい・・・ 宮沢賢治 「若い木霊」
・・・ 見えないところに咲いている花の匂いが、ぽかぽかした、眠くなる春の光に溶けて流れて来るようだ。 彼方側の襖の日かげがゆれて母が立って来た。「もういいだろう?」 私は、墨で硯の池の水を粘らせて見た。「どろどろでなくっていい・・・ 宮本百合子 「雲母片」
・・・手に触り体が触れるあらゆる建物の部分は、幸福に乾いてぽかぽかしている。見えない運動場の隅から響いて来るときの声、すぐ目の前で、「おーひとおぬけ、おーふたおぬけ、ぬけた、ちょんきり、おじゃみさーあくら」と調子をつけて唱う声々の錯綜。―・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
・・・ 臥て居た間自分の心に最も屡々現れた民族的蜃気楼は林籟に合わせ轟く日本の海辺の波と潮の香、日向の砂のぽかぽかしたぬくもりとこの素麺とであった。 勿論我々のトランクの中に そのデリケートにして白い東方の食料品は入れられてない。自分は青・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
出典:青空文庫