・・・そうしたら、また涙という厄介ものが両方の眼からぽたぽたと流れ出して来ました。 野原はだんだん暗くなって行きます。どちらを見ても人っ子一人いませんし、人の家らしい灯の光も見えません。どういう風にして家に帰れるのか、それさえ分らなくなってし・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・ 走りはしません、ぽたぽたぐらい。一人児だから、時々飲んでいたんですが、食が少いから涸れがちなんです。私を仰向けにして、横合から胸をはだけて、……まだ袷、お雪さんの肌には微かに紅の気のちらついた、春の末でした。目をはずすまいとするか・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・血が、ぽたぽたと流れよう。犬の口へぐたりとはまって、水しぶきの中を、船へ倒れると、ニタニタと笑う貸座敷の亭主の袋へ納まるんだな。」 お澄は白い指を扱きつつ、うっかり聞いて顔を見た。「――お澄さん、私は折入って姐さんにお願いが一つある・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・ 分けても、真白な油紙の上へ、見た目も寒い、千六本を心太のように引散らして、ずぶ濡の露が、途切れ途切れにぽたぽたと足を打って、溝縁に凍りついた大根剥の忰が、今度は堪らなそうに、凍んだ両手をぶるぶると唇へ押当てて、貧乏揺ぎを忙しくしながら・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ と上手に御飯を装いながら、ぽたぽた愛嬌を溢しますよ。 五 御膳の時さえ、何かと文句があったほど、この分では寝る時は容易でなかろうと、小宮山は内々恐縮をしておりましたが、女は大人しく床を伸べてしまいました。夜・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・声が先であとから大きな涙がぽたぽた流れ落ち、そんなおおげさな泣き声をあとに、軽部は憂鬱な散歩に出かけた。出しなに、ちらりと眼にいれた肩の線が何がなし悩ましく、ものの三十分もしないうちに帰ってくると、お君の姿が見えぬ。 火鉢の側に腰を浮か・・・ 織田作之助 「雨」
・・・れている机のほうに歩いて来て、おいおい、そんなところで何をしているのだ、ばかやろう、と言い、ああ、私はもそもそと机の下で四つ這いの形のままで、あまり恥ずかしくて出るに出られず、あの奥さんがうらめしくてぽたぽた涙を落しました。 所詮は・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・ そう言って、その若い中尉は壇から降りて眼鏡をはずし、歩きながらぽたぽた涙を落しました。厳粛とは、あのような感じを言うのでしょうか。私はつっ立ったまま、あたりがもやもやと暗くなり、どこからともなく、つめたい風が吹いて来て、そうして私のか・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・少しすぎたころ、だしぬけに黒雲が東北の空の隅からむくむくあらわれ二三度またたいているうちにもうはや三島は薄暗くなってしまい、水気をふくんだ重たい風が地を這いまわるとそれが合図とみえて大粒の水滴が天からぽたぽたこぼれ落ち、やがてこらえかねたか・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・と王子は低く答えて、少し気もゆるんで、涙をぽたぽた落しました。 ラプンツェルは、黒く澄んだ目で、じっと王子を見つめていましたが、ちょっと首肯いて、「お前があたしを嫌いになっても、人に殺させはしないよ。そうなったら、あたしが自分で殺し・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
出典:青空文庫