・・・それを便宜のために抽象して離してしまって広い空間を勝手次第に抛り出すと、無辺際のうちにぽつりぽつりと物が散点しているような心持ちになります。もっともこの空間論も大分難物のようで、ニュートンと云う人は空間は客観的に存在していると主張したそうで・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 飛石の様に、ぽつりぽつりと散って居る今日の気持は自分でも変に思う位、落つけない。 女中に、 私の処へ手紙が来てないかい。ときく。書生にも同じ事を聞く。 十二時すぎに、待ち兼ねて居たものが来た。 葉書の走り書・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・川面にぽつりぽつり赤い燈、緑色の灯。櫓の音。東京を留守にしようとする網野さんは感情をもって此等の夜景を眺めているらしかった。「――元よくこの辺翔んでいた――都鳥でしたっけか、白い大っきい鳥――ちっともいなくなっちゃいましたね、震災からで・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・そこに、ぽつりぽつり、若くない女が残っていた。彼等は動かない。薄暗い中で、座席から立ちかね、感情に捕われている。彼等は、何等かの意味で自分達の桜の園を持っていた。そして今はそれを失った人々だ。ロシアに現在そういう人も多い。―― 我々は閉・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・ 二人はぽつりぽつりとこんな事を話した。「あんなにしてわざわざ来てもらっても思いのほかだ」 いつもの通りの不平が千世子の心に湧いて来た。 そう思うと京子が自分の傍に座って居るのが何とはなしに「やっかい」ものがある様に思え・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
出典:青空文庫