・・・「何をぼんやりしているの。早く馬をつかまえてお出でよ。」と、もって来た手袋の先でじょうだんにちょいと肩をたたきました。「まあ、あなたはこれで一つ私をおぶちになりましたよ。私が何の悪いこともしないのに。」 女はため息をつきながらこ・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・よくまあ、お婿さんになって、その晩に球なんぞが突けたことね。お嫁さんもお嫁さんで、よくまあ、滑稽雑誌なんぞが見ていられたことね。お嫁さんの方がひどいかも知れないわ。今お前さんのそうしてつくねんとしているところを見ると、わたしその連中を見た時・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・「まあたくさんな目が」 とそう言いだしました。 なるほどいろいろな目がありました。大きくって親切らしいまじめな目や、小さくかがやくあいきょうのある子どもの目や、白目の多過ぎるおこったらしい目や、心の中まで見ぬきそうなすきのない目・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・「キクちゃん。こないだ、あなたの未来の旦那さんに逢ったよ。」「そう? どうでした? すこうし、キザね。そうでしょう?」「まあ、でも、あんなところさ。そりゃもう、僕にくらべたら、どんな男でも、あほらしく見えるんだからね。我慢しな。・・・ 太宰治 「朝」
・・・しかしまあ、万事無事に済みまして結構でございました。すぐに見付かればよろしいのでございますが、もうお落しになってから約八分たっていたそうで、すっかり水を含みまして、沈みかかっていたそうでございます。水上警察がそれを見付けて、すぐに非常号音を・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・もしこれで少な過ぎると思うなら、まあ考えてみるがいい。若いものは暇な時間でも強い興奮努力を経験している。何故と云えば、彼等は全世界を知覚し認識し呑み込まなければならないから。」「時間を減らして、その代りあまり必須でない科目を削るがいい。・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・「ここの経済は、それでもこのごろは桂さんの収入でやっていけるのかね」私はきいた。「まあそうや」雪江は口のうちで答えていた。「お父さんを楽させてあげんならんのやけれどな、そこまではいきませんのや」彼女はまた寂しい表情をした。「・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・「なにさ、おやおや――」 玄関の格子戸がけたたましくあいて、奥さんらしい女の人がいそいで出てきた。「まあ、大変なことをしてくれたネ。こんにゃく屋さん、これはうちの旦那さまが丹精していらッしゃるお菜園だよ、ホンとにまァ」 奥さ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・「君、拾円貸したまえ。」 番頭は例の如くわれわれをあくまで仕様のない坊ちゃんだというように、にやにや笑いながら、「駄目ですよ。いくらにもなりませんよ。」「まあ、君、何冊あるか調べてから値をつけたまえ。」「揃っていても駄目です・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・太十は少時黙って居たが「いっそのこと殺しっちまあべと思ってよ」 ぶっきら棒にいった。「何よ」と対手はいった。然しそれが余り突然なので対手はいつものように揶揄って見たくなった。「まさか俺がこっちゃあるめえな」とすぐにつ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫