・・・昔の感激主義に対して今の教育はそれを失わする教育である、西洋では迷より覚めるという、日本では意味が違うが、まあディスイリュージョン、さめる、というのであります。なぜ昔はそんな風であったか。話は余談に入るが、独逸の哲学者が概念を作って定義を作・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・「まあいいや。それは思い違いと言うもんだ」と、その男は風船玉の萎む時のように、張りを弛めた。「だが、何だってお前たちは、この女を素裸でこんな所に転がしとくんだい。それに又何だって見世物になんぞするんだい」と云い度かった。奴等は女の云・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・それに馬鹿に骨が折れて、脚が引っ吊って来る。まあ、やっぱり手を出して一文貰うか、パンでも貰うかするんだなあ。おれはこのごろ時たま一本腕をやる。きょうなんぞもやったのだ。随分骨が折れて、それほどの役には立たねえ。きまって出ている場所と、きまっ・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・と、私のそんな思想とがぶつかり合って、其の結果、将来日本の深憂大患となるのはロシアに極ってる。こいつ今の間にどうにか禦いで置かなきゃいかんわい……それにはロシア語が一番に必要だ。と、まあ、こんな考からして外国語学校の露語科に入学することとな・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・とにかくまあ、待っているとしよう。や、来たな。」最後の一句は廊下に足音が聞えたから言ったのである。その足音はたしかに硝子戸に近づいて来る。オオビュルナンは覚えず居ずまいを直して、蹙めた顔を元に戻した。ちょうど世話物の三幕目でいざと云う場にな・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・己はいつもこんな風に遠方を見て感じているが、一転して近い処を見るというと、まあ、何たる殺風景な事だろう。何だかこの往来、この建物の周囲には、この世に生れてから味わずにしまった愉快や、泣かずに済んだ涙や、意味のないあこがれや、当の知れぬ恋なぞ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・は単に倫理の上を支配するような簡単なるものではないので、一方には倫理上から或人に幸を与えるような因果の筋道になって居っても、また他の方からは同じ人に不幸を与えるような因果の筋道に成って居る事もあろう。まあそういうような理窟であるから従って僕・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・「おい、お前は時計は要らないか。」丸太で建てたその象小屋の前に来て、オツベルは琥珀のパイプをくわえ、顔をしかめて斯う訊いた。「ぼくは時計は要らないよ。」象がわらって返事した。「まあ持って見ろ、いいもんだ。」斯う言いながらオツベル・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・ 夏中見あきるほど見せつけられた彼の白雲は、まあどこへ行ったやらと思う。 いかにも気持が良い空の色だ。 はっきりした日差しに苔の上に木の影が踊って私の手でもチラッと見える鼻柱でも我ながらじいっと見つめるほどうす赤い、奇麗な色に輝・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・作りたいとき作る。まあ、食いたいとき食うようなものだろう。」「本能かね。」「本能じゃあない。」「なぜ。」「意識して遣っている。」「ふん」と云って、小川は変な顔をして、なんと思ったか、それきり電車を降りるまで黙っていた。・・・ 森鴎外 「あそび」
出典:青空文庫