・・・ お蓮は彼を送り出すと、ほとんど毎夜の事ながら、気疲れを感ぜずにはいられなかった。と同時にまた独りになった事が、多少は寂しくも思われるのだった。 雨が降っても、風が吹いても、川一つ隔てた藪や林は、心細い響を立て易かった。お蓮は酒臭い・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・「しかしあの頃は毎夜のように、中御門高倉の大納言様へ、御通いなすったではありませんか?」 わたしは御不用意を責めるように、俊寛様の御顔を眺めました、ほんとうに当時の御主人は、北の方の御心配も御存知ないのか、夜は京極の御屋形にも、滅多・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 七兵衛――この船頭ばかりは、仕事の了にも早船をここへ繋いで戻りはせぬ。 毎夜、弁天橋へ最後の船を着けると、後へ引返してかの石碑の前を漕いで、蓬莱橋まで行ってその岸の松の木に纜っておいて上るのが例で、風雨の烈しい晩、休む時はさし措き・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・その虹の散るのを待って、やがて食おう、突こう、嘗みょう、しゃぶろうと、毎夜、毎夜、この間、……咽喉、嘴を、カチカチと噛鳴らいておるのでないかい。二の烏 さればこそ待っている。桜の枝を踏めばといって、虫の数ほど花片も露もこぼさぬ俺たちだ。・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・狼、のしのしと出でてうかがうに、老いさらぼいたるものなれば、金魚麩のようにて欲くもあらねど、吠えても嗅いでみても恐れぬが癪に障りて、毎夜のごとく小屋をまわりて怯かす。時雨しとしとと降りける夜、また出掛けて、ううと唸って牙を剥き、眼を光らす。・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
・・・鰌とりのかんてらが、裏の田圃に毎夜八つ九つ出歩くこの頃、蚕は二眠が起きる、農事は日を追うて忙しくなる。 お千代が心ある計らいによって、おとよは一日つぶさに省作に逢うて、将来の方向につき相談を遂ぐる事になった。それはもちろんお千代の夫も承・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ その後というものは、毎夜、さよ子は町の方から聞こえてくるよい音色を聞くたびに、不思議な思いをせずにはいられなくなりました。 やがて、紅く燃えていたような夏が逝きかけました。つばめは海を渡って、遠い南の永久夏の国に帰る時分となりまし・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ 毎夜のように、地球は、美しく、紫色に空間に輝いていました。そして、その地球には天使と同じような姿をした人間が住んで、いろいろな、それは、天使たちには、ちょっと想像のつかない生活をしていると、聞いたからでありました。「それほどまでに・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・私のわずかばかり残っている枝は、毎夜の霜に傷められて、こんなに力がなくなっています。それだから私は、お日さまにお願いするのではありません……。 私は、ここに立って、もう長い間、いろいろこの世の中の有り様というものを見つくしてしまったよう・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・じつは毎夜徹夜しているからである。 私の徹夜癖は十九歳にはじまり、その後十年間この癖がなおらず、ことに近年は仕事に追われる時など、殆んど一日も欠さず徹夜することがしばしばである。それ故、およそ一年中の夜明けという夜明けを知っていると言っ・・・ 織田作之助 「秋の暈」
出典:青空文庫