・・・サア家へ帰れ、今夜こそおれは勘弁ならんのだ、どうしてもお前さんに聞いてもらうことがあるんだ』と私の手を取ってグイグイ路地の方へ引っ張って参るのでございます。 私も酔っぱらいと思いまして『よしよし、サア帰ろう、なんでも聞こう』と一しょに連・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・『御ゆるしのほど願い参らせ候今は二人が間のこと何事も水の泡と相成り候妾は東京に参るべく候悲しさに胸はりさくばかりに候えど妾が力に及び難く候これぞ妾が運命とあきらめ申し候……されど妾決して自ら弁解いたすまじく候妾がかねて想いし事今はまこと・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・突かれた男は、急所を殴られて一ッぺんに参る犬のようにふらふらッとななめ横にぴりぴり手足を慄わしながら倒れてしまった。突きこんだ剣はすぐ、さっと引きぬかねば生きている肉体と血液が喰いついてぬけなくなることを彼はきいていた。が、それを思い出した・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・いいえ、でも、その青蚊帳に写した幻燈のような、ぼやけた思い出が奇妙にも私には年一年と愈々はっきりして参るような気がするのでございます。 なんでも姉様がお婿をとって、あ、ちょうどその晩のことでございます。御祝言の晩のことでございました。芸・・・ 太宰治 「葉」
・・・実はここへ出て参る前ちょっと先番の牧君に相談をかけた事があるのです。これは内々ですが思い切って打明けて御話ししてしまいます。と云うほどの秘密でもありませんが、全くのところ今日の講演は長時間諸君に対して御話をする材料が不足のような気がしてなら・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・後に御話をする文学者の理想もここから出て参るのであります。 次に連続と云う字義をもう一遍吟味してみますと、前にも申す通り、ははあ連続している哩と相互の区別ができるくらいに、連続しつつある意識は明暸でなければならぬはずであります。そうして・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・わたくしはきっと電信が参る事と信じています。どうぞこの会合をお避けなさらないで、わたくしに失望をおさせなさらないように、くれぐれもお願申します。わたくしはあなたにお目に掛かって、それをたよりにこれからさきの生活を続けようと存じています。それ・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ 赤い焔に包まれて、歎き叫んで手足をもだえ、落ちて参る五人、それからしまいに只一人、完いものは可愛らしい天の子供でございました。 そして須利耶さまは、たしかにその子供に見覚えがございました。最初のものは、もはや地面に達しまする。それ・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・イーハトーヴの野原で、指折り数えられる大百姓のおれが、こんなことで参るか。よし。来年こそやるぞ。ブドリ、おまえおれのうちへ来てから、まだ一晩も寝たいくらい寝たことがないな。さあ、五日でも十日でもいいから、ぐうというくらい寝てしまえ。おれはそ・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・それに遠国に参る所じゃ。預かっておいてもらえまいか。もっとも拙者も数々敵を持つ身じゃ。万一途中相果てたなれば、金子はそのままそちに遣わす。どうじゃ」「へい。それはきっとお預かりいたしまするでございます」「左様か。あいや。金子はこれに・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
出典:青空文庫