・・・多加志は洗腸されながら、まじまじ電燈の火を眺めていた。洗腸の液はしばらくすると、淡黒い粘液をさらい出した。自分は病を見たように感じた。「どうでしょう? 先生」「何、大したことはありません。ただ氷を絶やさずに十分頭を冷やして下さい。――あ・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・生徒は勿論何も知らずにまじまじ彼の顔を眺めていた。彼はもう一度時計を見た。それから、――教科書を取り上げるが早いか、無茶苦茶に先を読み始めた。 教科書の中の航海はその後も退屈なものだったかも知れない。しかし彼の教えぶりは、――保吉は未に・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・父は黙ってまじまじと癇癪玉を一時に敲きつけたような言葉を聞いていたが、父にしては存外穏やかななだめるような調子になっていた。「なにも俺しはそれほどあなたに信用を置かんというのではないのですが、事務はどこまでも事務なのだから明らかにしてお・・・ 有島武郎 「親子」
・・・町内の杢若どのは、古筵の両端へ、笹の葉ぐるみ青竹を立てて、縄を渡したのに、幾つも蜘蛛の巣を引搦ませて、商売をはじめた。まじまじと控えた、が、そうした鼻の頭の赤いのだからこそ可けれ、嘴の黒い烏だと、そのままの流灌頂。で、お宗旨違の神社の境内、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・こういった調子で、耕吉の病人じみた顔をまじまじと見ては、老父は聴かされた壇特山の講釈を想いだしておかしがった。五十近い働き者の女の直覚から、「やっぱしだめだ。まだまだこんな人相をしてるようでは金なぞ儲けれはせん。生活を立てているという盛りの・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・吉田がその市場で用事を足して帰って来ると往来に一人の女が立っていて、その女がまじまじと吉田の顔を見ながら近付いて来て、「もしもし、あなた失礼ですが……」 と吉田に呼びかけたのだった。吉田は何事かと思って、「?」 とその女を見・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ 闇にも歓びあり、光にも悲あり、麦藁帽の廂を傾けて、彼方の丘、此方の林を望めば、まじまじと照る日に輝いて眩ゆきばかりの景色。自分は思わず泣いた。 国木田独歩 「画の悲み」
・・・嗚咽びかえっているのです、それを見た武の顔はほんとうに例えようがありません、額に青筋を立てて歯を喰いしばるかと思うと、泣き出しそうな顔をして眼をまじまじさせます。何か言い出しそうにしては口のあたりを手の甲で摩るのでございます。『一体どう・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・ ふと少年の方を見ると、少年はまじまじと予の方を見ていた。何か言いたいような風であったが、談話の緒を得ないというのらしい、ただ温和な親しみ寄りたいというが如き微笑を幽に湛えて予と相見た。と同時に予は少年の竿先に魚の来ったのを認めた。・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ ふつうの人間は臨終ちかくなると、おのれの両のてのひらをまじまじと眺めたり、近親の瞳をぼんやり見あげているものであるが、この老人は、たいてい眼をつぶっていた。ぎゅっと固くつぶってみたり、ゆるくあけて瞼をぷるぷるそよがせてみたり、おとなし・・・ 太宰治 「逆行」
出典:青空文庫