・・・次へ、それから、引続いて――一品料理の天幕張の中などは、居合わせた、客交じりに、わはわはと笑を揺る。年内の御重宝九星売が、恵方の方へ突伏して、けたけたと堪らなそうに噴飯したれば、苦虫と呼ばれた歯磨屋が、うンふンと鼻で笑う。声が一所で、同音に・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・皮膚は蒼白に黄味を帯び、髪は黒に灰色交じりの梳らない団塊である。額には皺、眼のまわりには疲労の線条を印している。しかし眼それ自身は磁石のように牽き付ける眼である。それは夢を見る人の眼であって、冷たい打算的なアカデミックな眼でない、普通の視覚・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・たとえばわれわれの世界では桶の底に入れた一升の米の上層に一升の小豆を入れて、それを手でかき回していれば、米と小豆は次第に混合して、おしまいには、だいたい同じような割合に交じり合うのであるが、この状況を写した映画のフィルムを逆転する場合には、・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・その後で立った人は、短い顔と多角的な顎骨とに精悍の気を溢らせて、身振り交じりに前の人の説を駁しているようであった。 たださえ耳の悪いのが、桟敷の不良な空気を吸って逆上して来たために、猶更聞こえが悪くなったのか、それとも云っている事が、よ・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・例えば李白の詩を見ても、一つの長詩の中に七言が続く中に五言が交じり、どうかすると、六言八言九言の交じることもある。四言詩の中に五言六言の句の混入することもあるのである。 中央アジア東トルキスタン辺の歌謡を見ると勿論色々な型式があるが、中・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・右には未だ青き稲田を距てて白砂青松の中に白堊の高楼蜑の塩屋に交じり、その上に一抹の海青く汽船の往復する見ゆ。左に従い来る山々山骨黄色く現われてまばらなる小松ちびけたり。中に兜の鉢を伏せたらんがごとき山見え隠れするを向いの商人体の男に問う。何・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・たとえば信州へんでもある東西に走る渓流の南岸の斜面には北海道へんで見られるような闊葉樹林がこんもり茂っているのに、対岸の日表の斜面には南国らしい針葉樹交じりの粗林が見られることもある。 単に微気候学的差別のみならず、また地質の多様な変化・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 新型式中でも最も思い切った新型式としては、モザイックのような表象を漢字交じりで並べたテキストに、そのテキストとはだいぶかけ離れたルビーを並立させたものがある。これらになるともう単に俳句としての型式だけの変異ではなくて、詩というものの本・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・そのために東北地方から北海道南部は一般に南西がかった雪交じりの烈風が吹きつのり、函館では南々西秒速十余メートルの烈風が報ぜられている。この時に当たってである、実に函館全市を焼き払うためにおよそ考え得らるべき最適当の地点と思われる最風上の谷地・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・すなわちかりにここに微小な人間があって物質分子の間に立ち交じり原子内のエレクトロンの運動を目睹しているがその視力は分子距離以外に及ばぬと想像する。このような人間の力学が吾人のと同様であれば吾人の原子的現象の説明は比較的容易であろうが、実際素・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
出典:青空文庫