・・・これもマア、酒に酔ったこの場だけの坐興で、半分位も虚言を交ぜて談すことだと思って聞いていてくれ。ハハハハハ。まだ考のさっぱり足りない、年のゆかない時分のことだ。今思えば真実に夢のようなことでまるで茫然とした事だが、まあその頃はおれの頭髪もこ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・姉やら従姉やらその他なんだか多勢で、浅虫温泉の旅館で遊び暮した事があって、その時、一番下のおしゃれな兄が、東京からやって来て、しばらく私たちと一緒に滞在し、東京の文壇のありさまなど、ところどころに嘘をまぜて私たちに語って聞かせたのである。か・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・私は、その大家族の一人一人に就いて多少の誇張をさえまぜて、その偉さ、美しさ、誠実、恭倹を、聞き手があくびを殺して浮べた涙を感激のそれと思いちがいしながらも飽くことなくそれからそれと語りつづけるに違いない。けれども、聞き手はついにたまりかねて・・・ 太宰治 「花燭」
・・・一刻も早く酔いしれたく思って、牛鍋を食い散らしながら、ビイルとお酒とをかわるがわるに呑みまぜた。君、茶化してしまえないものがあったのである。呑んでも呑んでも酔えなかった。信じ給え。鏡の中のわが顔に、この世ならず深く柔和の憂色がただよい、それ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・僕は、あの笠井氏から、あまりにも口汚く罵倒せられ、さすがに口惜しく、その鬱憤が恋人のほうに向き、その翌日、おかみが僕の社におどおど訪ねて来たのを冷たくあしらい、前夜の屈辱を洗いざらい、少しく誇張さえまぜて言って聞かせて、僕も男として、あれだ・・・ 太宰治 「女類」
・・・沢山の汚名を持つ私を、たちの悪い、いたずら心から、わざと鄭重に名士扱いにして、そうして、蔭で舌を出して互に目まぜ袖引き、くすくす笑っている者たちが、確かに襖のかげに、うようよ居るように思われ、私は頗る落ちつかなかったのである。故郷の者は、ひ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・象徴と、比喩と、ごちゃまぜにしているのである。比喩というものは、こうこうこうだから似ているじゃねえか、そっくりじゃねえか、笑わせやがる、そうして大笑い。それだけのものなのである。しかし、象徴というものはスプーンで林檎を割る。なんの意味もない・・・ 太宰治 「豊島與志雄著『高尾ざんげ』解説」
・・・夕焼あかき雁の腹雲、両手、着物のやつくちに不精者らしくつっこみ、おのおの固き乳房をそっとおさえて、土蔵の白壁によりかかって立ちならんで居る一群の、それも十四、五、六の娘たち、たがいに目まぜ、こっくり首肯き、くすぐったげに首筋ちぢめて、くつく・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・一級酒に私がウイスキイをまぜたんです。」 しかし、私はそれから、その青年と仲よしになった。私をこんなに見事にかつぐとは、見どころがあると思った。「先生、こんど僕の家へあそびに来てくれませんか?」「たいぎだ。」「地方文化が豊富・・・ 太宰治 「母」
・・・ あらゆる方面から来る材料が一つの釜で混ぜられ、こなされて、それからまた新しい一つのものが生れるという過程は、人間の精神界の製作品にもそれに類似した過程のある事を聯想させない訳にはゆかなかった。 そのような聯想から私はふとエマーソン・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
出典:青空文庫