・・・「憐みのおん母、おん身におん礼をなし奉る。流人となれるえわの子供、おん身に叫びをなし奉る。あわれこの涙の谷に、柔軟のおん眼をめぐらさせ給え。あんめい。」 するとある年のなたら(降誕祭の夜、悪魔は何人かの役人と一しょに、突然孫七の家へ・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
――この涙の谷に呻き泣きて、御身に願いをかけ奉る。……御身の憐みの御眼をわれらに廻らせ給え。……深く御柔軟、深く御哀憐、すぐれて甘くまします「びるぜん、さんたまりや」様――――和訳「けれんど」――「ど・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・ 吉助「われら夢に見奉るえす・きりすと様は、紫の大振袖を召させ給うた、美しい若衆の御姿でござる。まったさんた・まりや姫は、金糸銀糸の繍をされた、襠の御姿と拝み申す。」 奉行「そのものどもが宗門神となったは、いかなる謂れがあるぞ。」・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・牧牛の女難陀婆羅、世尊に乳糜を献じ奉る、――世尊が無上の道へ入られるには、雪山六年の苦行よりも、これが遥かに大事だったのじゃ。『取彼乳糜如意飽食、悉皆浄尽。』――仏本行経七巻の中にも、あれほど難有い所は沢山あるまい。――『爾時菩薩食糜已訖従・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・お狸様を祀ることはどういう因縁によったものか、父や母さえも知らないらしい。しかしいまだに僕の家には薄暗い納戸の隅の棚にお狸様の宮を設け、夜は必ずその宮の前に小さい蝋燭をともしている。 八 蘭 僕は時々狭い庭を歩き、父・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・「道命が法華経を読み奉るのは、常の事じゃ。今宵に限った事ではない。」「されば。」 道祖神は、ちょいと語を切って、種々たる黄髪の頭を、懶げに傾けながら不相変呟くような、かすかな声で、「清くて読み奉らるる時には、上は梵天帝釈より・・・ 芥川竜之介 「道祖問答」
1 天主教徒の古暦の一枚、その上に見えるのはこう云う文字である。―― 御出生来千六百三十四年。せばすちあん記し奉る。 二月。小 二十六日。さんたまりやの御つげの日。 二十七日。どみいご。・・・ 芥川竜之介 「誘惑」
・・・木の途中、ちょうど真中処に、昔から伝説を持った大な一面の石がある――義経記に、……加賀国富樫と言う所も近くなり、富樫の介と申すは当国の大名なり、鎌倉殿より仰は蒙らねども、内々用心して判官殿を待奉るとぞ聞えける。武蔵坊申しけるは、君は・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ あの、雪を束ねた白いものの、壇の上にひれ伏した、あわれな状は、月を祭る供物に似て、非ず、旱魃の鬼一口の犠牲である。 ヒイと声を揚げて弟子が二人、幕の内で、手放しにわっと泣いた。 赤ら顔の大入道の、首抜きの浴衣の尻を、七のずまで・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・彦少名命を祀るともいうし、神功皇后と応神天皇とを合祀するともいうし、あるいは女体であるともいうが、左に右く紀州の加太の淡島神社の分祠で、裁縫その他の女芸一切、女の病を加護する神さまには違いない。だが、この寺内の淡島堂は神仏混交の遺物であって・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫