・・・お敏が新蔵の家から暇をとったのは、この養女が死んだ時で、可哀そうにその新仏が幼馴染のお敏へ宛てた、一封の書置きがあったのを幸、早くもあの婆は後釜にお敏を据えようと思ったのでしょう。まんまとそれを種に暇を貰わせて、今の住居へおびき寄せると、殺・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・すると、まんまと凶を転じて吉とすることが出来る。「どうか吉にしたっとくなはれ」 祈る女の前に賽銭箱、頭の上に奉納提灯、そして線香のにおいが愚かな女の心を、女の顔を安らかにする。 そこで、ほっと一安心して、さて「めをとぜんざい」で・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・柳吉の肚は、蝶子が別れると言ってしまえば、それでまんまと帰参がかない、そのまま梅田の家へ坐り込んでしまうつもりかも知れぬ。とそうまではっきりと悪くとらず、またいくら化粧問屋でもそこは父親が卸してくれぬとすれば、その時はその時で悪く行っても金・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・だから彼は、陸兵が敵地にまんまと上陸し得たことを痛快々々! と叫び、「吾れ実に大日本帝国のために万歳を三呼せずんばあらず!」と云い得ている。だから彼は、威海衛の大攻撃を叙するにあたって熱を帯びた筆致を駆使し得ているのである。そして、彼が軍艦・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・そんなにして、まんまと遠い海の向うへ遁げた後に、またわざわざ殺されにかえる馬鹿があるものか、そんなふざけた手でこのおれが円められると思うのかというように、からからと笑いました。 ピシアスは、「しかしそれには、私がかえるまで、身代りに・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・ ところが今夜にかぎって、王女はついやりそこなって、まんまと火の目小僧と長々とに見つかってしまいました。それは鳩になって、窓からとび出すはずみに、暗がりの中にこごんでいた長々の頭の髪へ、ぱたりと羽根をぶつけたからです。長々は、びっくりし・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・私はこの短篇小説に於いて、女の実体を、あやまち無く活写しようと努めたが、もう止そう。まんまと私は、失敗した。女の実体は、小説にならぬ。書いては、いけないものなのだ。いや、書くに忍びぬものが在る。止そう。この小説は、失敗だ。女というものが、こ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・人のためになるどころか、自分自身をさえ持てあました。まんまと失敗したのである。そんなにうまく人柱なぞという光栄の名の下に死ねなかった。謂わば、人生の峻厳は、男ひとりの気ままな狂言を許さなかったのである。虫がよいというものだ。所詮、人は花火に・・・ 太宰治 「花燭」
・・・袴に編みあげの靴をはいている男の老教師を、まんまとだました。自分の席についてからも、少年はごほごほと贋の咳ばらいにむせかえった。 村のひとたちの話に依れば、くろんぼは、やはり檻につめられたまま、幌馬車に積みこまれ、この村を去ったのである・・・ 太宰治 「逆行」
・・・私の疑惑が、まんまと的中していたのだ。変らない。これは批評の言葉である。見せ物は私たちなのだ。「そうか。すると、君は嘘をついていたのだね。」ぶち殺そうと思った。 彼は私のからだに巻きつけていた片手へぎゅっと力こめて答えた。「ふび・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
出典:青空文庫