・・・若し自然の名のもとに如何なる旧習も弁護出来るならば、まず我我は未開人種の掠奪結婚を弁護しなければならぬ。 又 子供に対する母親の愛は最も利己心のない愛である。が、利己心のない愛は必ずしも子供の養育に最も適したものではない・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・あの必要以上に大規模と見える市街市街の設計でも一斑を知ることか出来るが、米国風の大農具を用いて片っ端からあの未開の土地を開いて行こうとした跡は、私の学生時分にさえ所在に窺い知ることが出来た。例えば大木の根を一気に抜き取る蒸気抜根機が、その成・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・投げられた魚は、地の上で短い、特色のある踊をおどる。未開人民の踊のような踊である。そして死ぬる。 小娘は釣っている。大いなる、動かすべからざる真面目の態度を以て釣っている。 直き傍に腰を掛けている貴夫人がこう云った。「ジュ ヌ ・・・ 著:アルテンベルクペーター 訳:森鴎外 「釣」
・・・劫初以来人の足跡つかぬ白雲落日の山、千古斧入らぬ蓊鬱の大森林、広漠としてロシアの田園を偲ばしむる大原野、魚族群って白く泡立つ無限の海、ああこの大陸的な未開の天地は、いかに雄心勃々たる天下の自由児を動かしたであろう。彼らは皆その住み慣れた祖先・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・体力だけを練るのは未開時代への逆行である。 タイピストの一九二九年のレコードは一分に九十六語でこれはフランスの某タイプ嬢の所有となっている。これなども神経のはたらきの可能性に関するものである。 ロスアンゼルスのアゼリン嬢は三十六秒間・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・でなければコロイドに関する物理にはまだまだ未開の領土が多い事を指示するものであろう。 このほかにもまだいろいろあるであろうがあまりに予定の紙数を超過するからまずこのへんで筆をおく事とする。このはなはだ杜撰な空想的色彩の濃厚な漫筆が読者の・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・例えば水草を追って移牧する未開人にとりては時とともに利害の係る土地の範囲を移動す。また一つの都府の市民というごとき抽象的の団体を考うる時はその要素たる各個人とは独立に時とともに不変なる標準も考えらるれども、一般には必ずしも然らず。例えば一般・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・今の人間が鉄と電気の文明から受ける脅威は、未開時代の蛮民が自然から受けたものに比べて「量」においても優るとも劣らぬばかりでなく「質」においても更に怖ろしいものではあるまいか。 こういう芸術上のグロテスクな傾向が、循環的に吾々の倫理思想や・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・そうして、野生の鳥獣が地震や風雨に堪えるようにこれら未開の民もまた年々歳々の天変を案外楽にしのいで種族を維持して来たに相違ない。そうして食物も衣服も住居もめいめいが自身の労力によって獲得するのであるから、天災による損害は結局各個人めいめいの・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・物質の観念が未開人にもあるのにエネルギーの考えが俗人に通ぜぬのはそのためではあるまいか。 こういいう風に考えれば物質その物もまた分らぬものである。物質諸般の性質を説明するには物質がすべて分子原子から成立していると考える事が必要なばかりで・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
出典:青空文庫