・・・湖水の底の水草のむらがりを見る思いでした。これが東京の見おさめだ、十五年前に本郷の学校へはいって以来、ずっと私を育ててくれた東京というまちの見おさめなのだ、と思ったら、さすがに平静な気持では居られませんでした。翌朝とにかく上野駅から一番早く・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・それから、もし、睡蓮が他の水草を次第に圧迫して蔓延するか、しないか、これも問題である。物好きな人があったら、年々写真でもとっておいて、あとで研究したらおもしろそうである。 ついでながら、池には大きな鯉がかなりたくさんいる。あたたかい時候・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・例えば水草を追って移牧する未開人にとりては時とともに利害の係る土地の範囲を移動す。また一つの都府の市民というごとき抽象的の団体を考うる時はその要素たる各個人とは独立に時とともに不変なる標準も考えらるれども、一般には必ずしも然らず。例えば一般・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・例えばファン・デル・ワール等の理論に従えば、ガス体の圧を与うればその体積には三種の可能価ある事となる。この理論の当否は問わざるも、抽象的にこの事は可能なるべし。今かくのごとき場合にも天然現象は必ず単義的に起るとすれば、それは如何なる理由によ・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ この甲乙丙三種の定型はそれぞれに長所と短所をもっている。甲はうっかりにせ物に引っかかるような心配はほとんどない代わりに、どうかするとほんとうに価値のある新しいいいものを見のがす恐れがある。既知の真実を固守するにのみ忠実で未知の真実の可・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 以上はただ典型的な二、三種のものについて、極めて概括的な考え方をしてみたに過ぎないので、実際の作品について云えば、種々複雑な問題が起るのは当然の事である。従って前述の考えにも幾多の変更や洗煉を加える必要の起る事も勿論である。ただこうい・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・立ち葵や朝顔などが小さな二葉のうちに捜し出されて抜かれるのにこの三種のものだけは、どういうわけか略奪を免れて勢いよく繁殖する。二三年の間にはすっかり一面に広がって、もうとても数人の子供の手にはおえないようになってしまった。これらの花が土地の・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・ その頃発行せられていた雑誌の中で、最も高尚でむずかしいものとして尊ばれていたのは、『国民の友』、『しがらみ草紙』、『文学界』の三種であった。まだ病気にならぬ頃、わたくしは同級の友達と連立って、神保町の角にあった中西屋という書店に行き、・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・ この紀行が『二六新報』に出た時には三種の紀行が同時に同新報の上に載せられた。その内で世間の評判を聞くと血達磨の九州旅行が最も受けが善くて、この徒歩旅行は最も受けが悪いようであった。しかしそんな評は固より当てにならぬ。むしろ排斥せられた・・・ 正岡子規 「徒歩旅行を読む」
・・・されどここに言える取合せとは二種の取合せをいうものにして、洒堂のごとく三種の取合せをいうにあらざるは、芭蕉の句、許六の句を見て明らかなり。芭蕉また凡兆に対して「俳諧もさすがに和歌の一体なり、一句にしおりあるように作すべし」といえるもこの間の・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫