・・・アヴァンガルドというのは未見であるが、ともかくもわれわれはフランス映画の将来にある期待をかけてもいいように思われる。 われらの祖先にも、少なくも芸術の上では、恐ろしく頭のいい独創的天才がいた。光琳歌麿写楽のごとき、また芭蕉西鶴蕪村のごと・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・それで今度は未見の箱根町まで行って湖畔で昼飯でも食って来ようということになった。自分達の外出にはとかく食うことが重要な目的の一つになっているようである。 東京駅発の電車は思いの外あまり込まなかった。横浜で下りた子供連れの客はたいてい博覧・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・海流の研究の結果から氷洋の中に未見の島の存在を予報したこの人には「日光」や「カブキ」は問題にならなかった。地球磁力や気象の観測を受け持って来たただ一人の婦人部員某夫人は、男のように短く切りつめた断髪で、青い着物を着ていた。どこか小鳥のような・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・後で聞けば、硫黄でえぶし立てられた獣物の、恐る恐る穴の口元へ首を出した処をば、清五郎が待構えて一打ちに打下す鳶口、それが紛れ当りに運好くも、狐の眉間へと、ぐっさり突刺って、奴さん、ころりと文句も云わず、悲鳴と共にくたばって仕舞ったとの事。大・・・ 永井荷風 「狐」
・・・輝けるは眉間に中る金剛石ぞ。「ランスロット」と幕押し分けたるままにていう。天を憚かり、地を憚かる中に、身も世も入らぬまで力の籠りたる声である。恋に敵なければ、わが戴ける冠を畏れず。「ギニヴィア!」と応えたるは室の中なる人の声とも思わ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ 生々しい眉間の傷のような月が、薄雲の間にひっかかっていた。汽車は驀然と闇を切り裂いて飛んだ。「冗談云うない。俺だって一晩中立ち通したかねえからな」「冗談云うない。俺だってバスケットを坐らせといて立っていたくねえや」「チョッ・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・丁度ヘッケルのような風をした眉間に大きな傷あとのある人が俄かに椅子を立ちました。私は今朝のパンフレットから考えてきっとあれは動物学者だろうと考えたのです。 その人はまるで顔をまっ赤にしてせかせかと祭壇にのぼりました。我々は寛大に拍手しま・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 一太の母は、不平そうに慍ったような表情を太い縦皺の切れ込んだ眉間に浮べたまま次の間に来た。小さい餉台の上に赭い素焼の焜炉があり、そこへ小女が火をとっていた。一太は好奇心と期待を顔に現して、示されたところに坐った。「今じき何か出来る・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 弱い弱い視力を凝らして、堅い字を、罫紙にならべて行くうちに眉間が劇しく痛んで、疲れのために、字のかくは離れ離れになり、字と字の間から、種々なまぼしい光線が出て、こちゃこちゃに入り混って、到底見分けて居られなくなった。 紙をまとめて・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・然し今まで平穏に自分の囲を取捲いていた生活の調子は崩れてしまうだろう、自分はまるで未知未見な生活に身を投じて、辛い辛い思いで自分を支えて行かなければならない――ここで、人として独立の自信を持ち得ない、持つ丈の実力を欠いている彼女は、何処かに・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
出典:青空文庫