・・・中には霊の飢餓を訴うるものがあっても、霊の空腹を充たすの糧を与えられないで、かえって空腹を鉄槌の弄り物にされた。 二葉亭の窮理の鉄槌は啻に他人の思想や信仰を破壊するのみならず自分の思想や信仰や計画や目的までも間断なしに破壊していた。で、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 彼は釈迦の予言をみたすために出世したものとして自己の使命を自覚した。あたかもあのナザレのイエスがイザヤの予言にかなわせんため、自己をキリストと自覚したのと同じように。釈迦の予言によれば、釈迦滅後、五百歳ずつを一区画として、正法千年、像・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 現在の天気予報はかくのごとき要求を充たすためのものにあらず。各測候所の平均領域の幅員に比して微細なる変化は度外視し、定時観測期間の長さに比して急激なる変化をも省略して近似的等温線あるいは等圧線を引くに過ぎず。例えば土地山川の高低図を作・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・こんな事にまで現代ふうの見方を持って来るとすれば、ともかくも科学的に能率をよくするために前にあげた第一の要求を満たす方法を選んだほうがよさそうに思われた。能率を論ずる場合には人間を器械と同様に見るのであるが、今の場合にはそれでは少し困るので・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ただ彼は地下に空洞の存在を仮定し、その空洞を満たすに「風」をもってしたのは困るようであるが、この「風」を熔岩と翻訳すれば現在の考えに近くなる。彼はまた地下に「川」や「水たまり」を考えている。これは熔岩の脈やポケットをさすと見られる。この空洞・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・大抵のイズムはこの点において、実生活上の行為を直接に支配するために作られたる指南車というよりは、吾人の知識欲を充たすための統一函である。文章ではなくって字引である。 同時に多くのイズムは、零砕の類例が、比較的緻密な頭脳に濾過されて凝結し・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・項の周囲にある暗黒面は依然として、木村項の知られざる前と同じように人からその存在を忘れられるならば、日本の科学は木村博士一人の科学で、他の物理学者、数学者、化学者、乃至動植物学者に至っては、単位をすら充たす事の出来ない出来損ないでなければな・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・――昔しあるお大名が二人目黒辺へ鷹狩に行って、所々方々を馳け廻った末、大変空腹になったが、あいにく弁当の用意もなし、家来とも離れ離れになって口腹を充たす糧を受ける事ができず、仕方なしに二人はそこにある汚ない百姓家へ馳け込んで、何でも好いから・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・ これほどの広い地域をみたす日本のこく倉の稲田は、つまるところ、現在の世の中のしくみでは、やはり一つの最も投機的な商品ではないのだろうか。もし、この広大な稲田全体が、いつわりない農民の生産として、それを作る農民の生活にもかえってゆくもの・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・性的な欲望を満たすことは喉の干いた時一杯の水をのむにひとしいという言葉の最も素朴な理解が、恋愛、結婚に対する過去の神秘主義的封建的宿命論の反撥として、勇敢に実行にうつされた。個人生活と階級人としての連帯的活動とが二元的な互に遊離したものとし・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
出典:青空文庫