・・・ ゴーリキイがもういず、彼によって残された沢山の蔵書の中に交って何処かに、私のあの本もあるのかと思うと、何か一口に云い現せない心持が私をみたす。何故なら私の記憶の前には、中川一政氏によって装幀された厚い一冊の本と、ゴーリキイの如何にも彼・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ あのゴーリキイがもういず、彼の残した沢山の蔵書に交って何処かに、私のあの本もあるのかと思うと、何か一口に云い現せない心持が私をみたす。何故なら私の記憶の前には、中川一政氏によって装幀された厚い一冊の本と、ゴーリキイの如何にも彼らしい「・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・ 只、私の胸をときどきに満たす、彼の遙かな、しみじみとした、人間らしい感動に一寸でもひたらせて遣りたい、あげたいという心持である。 其等の感謝から起った、何か上げたいな、という心持は、今日自分にこまこました玩具だの、袋だのを買わせた・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・学校がつまらないということ――旺盛な知識欲をみたすほんとの勉強が学校にはかけているということについて、こんにちの若いひとの苦痛は、共通である。それは無理もない。学校教育というものが与える最もよいことは、そのひとが一生自分で勉強をつづけてゆけ・・・ 宮本百合子 「若い人たちの意志」
・・・若しストライキが起るとすれば、若し大衆的行動が現場に起るとすれば、今日、それは勤労し生産する者が単に労働条件を改善するというばかりでなく、社会的必要を満たすためにより能率を増進し、より生産を増大させて、生産の真の民主化を計ろうとするためであ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・私達は、その金を基礎として、当然人民の日常生活必需を充たす方法が考えられているのだろうと思っていた。しかし政府がしようとしていることはそうではなかった。その金で、戦時公債償却をするということである。それから軍需生産者に、補償金として支払われ・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ 牛の頭で腹を満たすと彼は十銭を投げ出してひとり露地裏の自分の家へ帰って来た。彼は他人の家の表の三畳を借りていた。部屋にはトゲの刺さる傾いた柱がある。壁は焼けた竈のようで、雨の描いた地図の上に蠅の糞が点々と着いていた。そこで彼は、柱にも・・・ 横光利一 「街の底」
・・・洋画家が日本画家のような大きな画題を捕えないのは、一つには目前に在るものの美しさに徹するということが、十分彼らの心情を充たすに足る大事業であるためであり、二つには目前の自然をさえ十分にコナし得ないものが、歴史的な、あるいは超自然的な形象を描・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・たといそれが、世界的潮流に乗っている洋画家の努力から見て、時代錯誤の印象を与えずにはいない程度のものであるにしても、とにかく現代人の要求を充たすに足りる新生面の開拓の努力は喜ぶべきことである。 しかしこの十年来の革新の努力がどういう結果・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・ 父のごとき志は、今の社会ではもはやそれを有効に充たす方法がないのである。ただなんらかの方法でその心持ちを表現するに留めなくてはならぬのである。だから数万の人々はこの正月に明治神宮を参拝して、摂政宮殿下の万歳を叫び、或いは安泰を祈り、そ・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫