・・・志して詣でた日に、折からその紅の時は女の児、白い時は男の児が産れると伝えて、順を乱すことをしないで受けるのである。 右左に大な花瓶が据って、ここらあたり、花屋およそ五七軒は、囲の穴蔵を払ったかと思われる見事な花が夥多しい。白菊黄菊、大輪・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ 上野に着いたのは午後の九時半、都に秋風の立つはじめ、熊谷土手から降りましたのがその時は篠を乱すような大雨でございまして、俥の便も得られぬ処から、小宮山は旅馴れてはいる事なり、蝙蝠傘を差したままで、湯島新花町の下宿へ帰ろうというので、あ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ みだらだの、風儀を乱すの、恥を曝すのといって、どうする気だろう。浪で洗えますか、火で焼けますか、地震だって壊せやしない。天を蔽い地に漲る、といった処で、颶風があれば消えるだろう。儚いものではあるけれども――ああ、その儚さを一人で身に受・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・……私は其処に新しい詩材を見出すことが出来るように覚えて観察を怠るまいと思った。 此時始めてこの二軒長屋の一軒が、戸を開けてあるのを見て驚いた。もう此家は疾に起きていると思われたからだ。私は其の時からこの家にはどういう人々が住んでいるだ・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・そしてそれによって、その時代をうかがう事が出来ても、それらの詩には、それ以外の目的を見出すことが出来ない。それは何んの為かというに、それらの人々が、その時代に安住しておったからである。もっと適切に言ったなら、安住の世界を、その時代の生活は、・・・ 小川未明 「詩の精神は移動す」
・・・この意味に於て平和への途は、強権を否定して、他の真理に道を見出すことである。所有することに於て、幸福を見出すものと、無欲に帰することによって、幸福の本質を異にするからだ。 いかなる場合にも、自からを偽ることなく、朗らかな気持になって、勇・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・よく、こうした例は、屡々青年時代にあったことで、丸善の店頭などで、日頃名をきいている欧米の作家や、批判家の最新の著書を見出すと、これを読めば、明日からでも、自分の見識が変るような気がして、それでなくてさえ、何をか常に追うている時代であったら・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・「自分を見出す」などという言い方は、たぶん講義録で少しは横文字をかじった影響でしょうが、その講義録にしたところで、最初の三月分だけ無我夢中で読んだだけ、あとはもう金も払いこまず、したがって送ってもこなかった。が、私はえらくなろうという野心―・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ 彼は往来で医者の看板に気をつける自分を見出すようになった。新聞の広告をなにげなく読む自分を見出すようになった。それはこれまでの彼が一度も意識してした事のないことであった。美しいものを見る、そして愉快になる。ふと心のなかに喜ばないものが・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・心の休み場所――とは感じないまでも何か心の休まっている瞬間をそこに見出すことがあった。以前自分はよく野原などでこんな気持を経験したことがある。それはごくほのかな気持ではあったが、風に吹かれている草などを見つめているうちに、いつか自分の裡にも・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
出典:青空文庫