・・・私は、自分ながら、みっともないと思われるほど、大きい声で笑い出した。「これあ、ひどいね。まったく、ひどいね。そうか。ほんとうですか?」他に、言葉は無かった。「は、」幸吉も、白い歯を出して、あかるく笑った。「いつか、お逢いしたいと思ってい・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・それが、口に出して言われないような、われながらみっともない形で女のひとに逃げられたものであるから、私は少し評判になり、とうとう、佐野次郎というくだらない名前までつけられた。いまだからこそ、こんなふうになんでもない口調で語れるのであるが、当時・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・男が、いいとしをして、みっともない。私は、どうも、写真そのものに、どだい興味がないのです。撮影する事にも、撮影される事にも、ちっとも興味がない。写真というものを、まるで信用していないのです。だから、自分の写真でも、ひとの写真でも、大事に保存・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・胴が長すぎる。みっともないねえ」 ポチは、やはり置いてゆかれることに、確定した。すると、ここに異変が起った。ポチが、皮膚病にやられちゃった。これが、またひどいのである。さすがに形容をはばかるが、惨状、眼をそむけしむるものがあったのである・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・とかいうものの実況は、たいていかくの如く、わざとらしく、いやらしく、あさましく、みっともないものである。 だいたいひとを馬鹿にしている。そんな下手くそな見えすいた演技を行っていながら、何かそれが天から与えられた妙な縁の如く、互いに首肯し・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・私は足を出したまま、上体を仰向けに投げ出した。右の足は覗き窓のところに宛てて。 涙は一度堰を切ると、とても止るものじゃない。私はみっともないほど顔中が涙で濡れてしまった。 私が仰向けになるとすぐ、四五人の看守が来た。今度の看守長は、・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・「泣くな、みっともない。そら、たれか来た。」 烏の大尉の部下、烏の兵曹長が急いでやってきて、首をちょっと横にかしげて礼をして云いました。「があ、艦長殿、点呼の時間でございます。一同整列して居ります。」「よろしい。本艦は即刻帰・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・もうおいらは、あいつとは絶交だ。みっともない。黒助め。黒助、どんどん。ベゴどんどん。」 その時、向うから、眼がねをかけた、せいの高い立派な四人の人たちが、いろいろなピカピカする器械をもって、野原をよこぎって来ました。その中の一人が、ふと・・・ 宮沢賢治 「気のいい火山弾」
・・・おい、おい、バキチ、あんまりみっともないざまはよせよ。一体馬を盗もうってのか。 それとも宿がなくなって今夜一晩とめてもらいたいと云うのか。バキチが頭を掻きやした。いやどっちもだ、けれども馬を盗むよりとまるよりまず第一に、おれは何かが食い・・・ 宮沢賢治 「バキチの仕事」
・・・「そうだ、あんな卑怯な、みっともない、わざとじぶんをごまかすような、そんなポラーノの広場でなく、そこへ夜行って歌えば、またそこで風を吸えば、もう元気がついてあしたの仕事中からだいっぱい勢がよくて面白いような、そういうポラーノの広場をぼく・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
出典:青空文庫