・・・あなたは昼間は、月のかわりに、ここからじっと下界を見物していなされたがいいと思います。」と、雲はいいました。 フットボールは、白い月のように、円い顔を雲の間から出して、下をながめていました。だれも、自分をまりだと思うものはありませんでし・・・ 小川未明 「あるまりの一生」
・・・ 側へ寄って見ると、そこには小屋掛もしなければ、日除もしてないで、唯野天の平地に親子らしいお爺さんと男の子が立っていて、それが大勢の見物に取り巻かれているのです。 私は前に大人が大勢立っているので、よく見えません。そこで、乳母の背中・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・夜、父が寄席へ出かけた留守中、浜子は新次からお午や榎の夜店見物をせがまれると、留守番がないからと言ってちらりと私の顔を見る。そんな時、わい夜店は眠うなるさかい嫌やと、心にもないことを言うのはむろん私でした。一つには昼間おきみ婆さんに貰った飴・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・「――あのスター、写真で見るとスマートだけど、実物は割にチビで色が黒いし、絶倫よ」 その言葉はさすがに皆まで聴かず、私はいきなり静子の胸を突き飛ばしたが、すぐまた半泣きの昂奮した顔で抱き緊め、そして厠に立った時、私はひきつったような・・・ 織田作之助 「世相」
・・・鴎外の作品という実物にふれているたのしみを味えば、もうそれで充分だと思う。結論がたやすく抜き書きできたりするような書物はだから僕には余り幸福を与えてくれない。音楽に酔うているようなたのしみを、その書物のステイルが与えてくれるようなものを、喜・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・すると、何処からか番人が出て来て、見物を押分け、犬の衿上をむずと掴んで何処へか持って去く、そこで見物もちりぢり。 誰かおれを持って去って呉れる者があろうか? いや、此儘で死ねという事であろう。が、しかし考えてみれば、人生は面白いもの、あ・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・姉夫婦は義兄の知合いの家へ一晩泊って、博覧会を見物して帰るつもりで私たちより一足さきに出かけた。私たちは時間に俥で牛込の家を出た。暑い日であった。メリンスの風呂敷包みの骨壺入りの箱を膝に載せて弟の俥は先きに立った。留守は弟の細君と、私の十四・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・風のない夜で涼みかたがた見物に来る町の人びとで城跡は賑わっていた。暗のなかから白粉を厚く塗った町の娘達がはしゃいだ眼を光らせた。 今、空は悲しいまで晴れていた。そしてその下に町は甍を並べていた。 白堊の小学校。土蔵作りの銀行。寺・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・馬の顔を斜に見た処で、無論少年の手には余る画題であるのを、自分はこの一挙に由て是非志村に打勝うという意気込だから一生懸命、学校から宅に帰ると一室に籠って書く、手本を本にして生意気にも実物の写生を試み、幸い自分の宅から一丁ばかり離れた桑園の中・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・高い土手の上に子守の小娘が二人と職人体の男が一人、無言で見物しているばかり、あたりには人影がない。前夜の雨がカラリとあがって、若草若葉の野は光り輝いている。 六人の一人は巡査、一人は医者、三人は人夫、そして中折れ帽をかぶって二子の羽織を・・・ 国木田独歩 「窮死」
出典:青空文庫