お三輪が東京の方にいる伜の新七からの便りを受取って、浦和の町からちょっと上京しようと思い立つ頃は、震災後満一年にあたる九月一日がまためぐって来た頃であった。お三輪に、彼女が娵のお富に、二人の孫に、子守娘に、この家族は震災の・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・――このうすよごれた町からほとんど出たことのない三吉は、東京を知らないけれど、それまでの東京からはまだ大学生の田門武雄や、卒業して間がない三輪寿蔵や、赤松克馬や新人会本部の連中がやってきた。彼らはサンジカリズムないしアナルコサンジカリズムの・・・ 徳永直 「白い道」
・・・吉原を通りぬけて鷲神社の境内に出ると、鳥居前の新道路は既に完成していて、平日は三輪行の電車や乗合自動車の往復する事をも、わたくしはその日初めて聞き知ったのである。 吉原の遊里は今年昭和甲戌の秋、公娼廃止の令の出づるを待たず、既に数年前、・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・蜂あたたかに見なさるる窓をうづめて咲くさうびかな題しらず雲ならで通はぬ峰の石陰に神世のにほひ吐く草花歌会の様よめる中に人麻呂の御像のまへに机すゑ灯かかげ御酒そなへおく設け題よみてもてくる歌・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
出典:青空文庫