・・・お父さんが迎いにきたんだ。」 カムパネルラは、なぜかそう云いながら、少し顔いろが青ざめて、どこか苦しいというふうでした。するとジョバンニも、なんだかどこかに、何か忘れたものがあるというような、おかしな気持ちがしてだまってしまいました。・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・「王様のご命でお迎いに参りました。さあご一緒に私のマントへおつかまり下さい。もうすぐお宮へお連れ申します。王様はどう云う訳かさっきからひどくお悦びでございます。それから、蠍。お前は今まで憎まれ者だったな。さあこの薬を王様から下すったんだ・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・きっとじきお迎いをよこすにちがいありません。そんなにお泣きなさらなくてもいいでしょう。私は急ぎますからこれで失礼いたします。」と云いながらクラリオネットのようなすすり泣きの声をあとに、急いでそこを立ち去りました。 さてそれから十五分でネ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・それは迎いに来た兄さん達でした。 宮沢賢治 「雪渡り」
・・・ あきれば、「又来ます、気が向いたら。と云って一人でさっさと帰って行く。 私は、私より二寸位背の高い彼の人が、私の貸した本を腕一杯に抱えて、はじけそうな、銀杏返しを見せて振り向きもしないで、町風に内輪ながら早足に歩い・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・女房丁度雨がふり出したので傘をもって迎いに来る。行き違いになったのだろうと云ってかえる。その間に女は、線路のどこかで、人足に――土方に会い、お嫁に来ないか、女房にならないかと云われ、そのまま一緒に夕暮二三時間すごす。すぐどうかなったのなり。・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・祖母とは特別深い繋りがあった人なので、寒くもなるしそれをよい知らせに迎いが立った。従弟の歓迎の意味で近親の者が集って晩餐を食べた時、私は帰ってから始めて祖母に会った。子供のように、赤いつやつやした両頬で、楽しそうにはしていたが、二三ヵ月前に・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・こう言って忠利は今まで長十郎と顔を見合わせていたのに、半分寝返りをするように脇を向いた。「どうぞそうおっしゃらずに」長十郎はまた忠利の足を戴いた。「いかんいかん」顔をそむけたままで言った。 列座の者の中から、「弱輩の身をもって推・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・どっちへ向いて歩いているか、自分には分からない。しかし一度死んだものは、死に向って帰って行くより外無いのである。 初め旅立をした大きい家に帰り着いた頃は、日が暮れてから大ぶ時間が立っていた。 ここにはもう万事知れている。門番が詰所か・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・年を取ッた武者は北東に見えるかたそぎを指さして若いのに向い、「誠に広いではおじゃらぬか。いずくを見ても原ばかりじゃ。和主などはまだ知りなさるまいが、それあすこのかたそぎ、のうあれが名に聞ゆる明神じゃ。その、また、北東には浜成たちの観世音・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫