・・・桃、栗、柿、大得意で、烏や鳶は、むしゃむしゃと裂いて鱠だし、蝸牛虫やなめくじは刺身に扱う。春は若草、薺、茅花、つくつくしのお精進……蕪を噛る。牛蒡、人参は縦に啣える。 この、秋はまたいつも、食通大得意、というものは、木の実時なり、実り頃・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ その紫がかった黒いのを、若々しい口を尖らし、むしゃむしゃと噛んで、「二頭がのは売ってしもうたですが、まだ一頭、脳味噌もあるですが。脳味噌は脳病に利くンのですが、膃肭臍の効能は、誰でも知っている事で言うがものはない。 疑わずにお・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・三人は遠慮もなくむしゃむしゃやっている。僕は、また、猪口を口へ運んでいた。「先生は御酒ばかりで」と、お袋は座を取りなして、「ちッともおうなは召しあがらないじゃアございませんか?」「やがてやりましょう――まア、一杯、どうです、お父さん・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ コーリヤは、その場で、汁につかったパン切れをむしゃむしゃ頬張っていた。ほかの子供達も、或はパンを、或は汁づけの飯を手に掴んでむしゃむしゃ食っていた。「うまいかい?」「うむ。」「つめたいだろう。」 彼等は、残飯桶の最・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 突然、次男は蒲団をはねのけ、くるりと腹這いになり、お膳を引き寄せて箸をとり、寝たまま、むしゃむしゃと食事をはじめた。さとはびっくりしたが、すぐに落ちついて給仕した。次男の意外な元気の様子に、ほっと安心したのである。次男は、ものも言わず・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・それからさんざんおもちゃにしたあげくに、空腹だとむしゃむしゃと食ってしまうのである。猫の神経の働きの速さとねらいの正確さにはわれわれ人間は到底かなわない。猫が見たら人間のテニスやベースボールはさだめてまだるっこくて滑稽なものだろうという気が・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・それから散々玩具にした揚句に、空腹だとむしゃむしゃと喰ってしまうのである。猫の神経の働きの速さと狙いの正確さには吾々人間は到底叶わない。猫が見たら人間のテニスやベースボールは定めて間だるっこくて滑稽なものだろうという気がするのである。それで・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・昼食時に桂浜へ上がって、豆腐を二三丁買って来て醤油をかけてむしゃむしゃ食った。その豆腐が、たぶん井戸にでもつけてあったのであろう、歯にしみるほど冷たかった。炎天に舟をこぎ回って咽喉がかわいていたためか、その豆腐が実に涼しさのかたまりのように・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・そのおまるたると否とを問わず、むしゃむしゃ食うものに至っては非常稀有の羊羹好きでなければなりません。あれも学才があって教師には至極だが、どうも放蕩をしてと云う事になるととうてい及第はできかねます。品行が方正でないというだけなら、まだしもだが・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ ジョバンニは窓のところからトマトの皿をとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」「・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
出典:青空文庫