・・・しばらく眼をつぶって、自分を馬鹿、のろまと叱っていたが、やがて、むっくり起きてしまった。船酔いして吐きたくなったからでは無い。その反対である。一時間ほど凝っと身動きせず、謂わば死んだ振りをしていたのであるが、船酔いの気配は無かった。大丈夫だ・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・そうひとこと呟いたかと思うともう、てれくさくてかなわんとでもいうようにむっくり立ちあがって両肩をぶるっと大きくゆすった。八十八夜を記念しようという、なんの意味もない決心を笑いながら固めて、二人、浅草へ呑みに出かけることになったのであるが、そ・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・私は奇しきよろこびを感じつつ、冷たい寝床へもぐり込んだ。 眼がさめると、すでに午後であった。日は高くあがっていて、凧の唸りがいくつも聞えた。私はむっくり起きて、前夜の原稿を読み直した。やはり傑作であった。私はこの原稿が、いますぐにでも大・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・きっとそうだ、と思うと、ぎょっとして夜中に床からむっくり起き上った事さえありました。 けれども花江さんは、やっぱり一週間にいちどくらいの割で、平気でお金を持って来ます。いまはもう、胸がどきどきして顔が赤らむどころか、あんまり苦しくて顔が・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・を剃って、いい男になり、部屋へ帰って、洗濯物は衣桁にかけ、他の衣類をたんねんに調べて血痕のついていないのを見とどけ、それからお茶をつづけさまに三杯飲み、ごろりと寝ころがって眼をとじたが、寝ておられず、むっくり起き上ったところへ、素人ふうに装・・・ 太宰治 「犯人」
・・・おそるおそる縁先に歩み寄る私たち三人を見つけて、むっくり起き上り、「やあ、来たか。暑いじゃないか。あがり給え。着ているものを脱いで、はだかになると涼しいよ。」茶会も何もお忘れになっているようにさえ見えた。 けれども私たちは油断をしな・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・いや、むっくり起きあがる。」「涙ぐんでいる。」「いや、怒っている。立ったままで、ちらと女のほうを見る。女は蒲団の中でからだをかたくする。僕はその様を見て、なんの不足もなくなった。トランクから荷風の冷笑という本を取り出し、また床の中へ・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・はじめには負傷者の床の上で一枚の獣皮を頭から被って俯伏しになっているが、やがてぶるぶると大きくふるえ出す、やがてむっくり起上がって、まるで猛獣の吼えるような声を出したりまた不思議な嘯くような呼気音を立てたりする。この巫女の所作にもどこか我邦・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・犬がひいひい鳴いた時太十はむっくり起きた。彼の神経は過敏になって居た。「おっつあん」と先刻の対手が喚びかけた。太十はまたごろりとなった。「おっつあん縛ったぞ」 三次の声で呶鳴った。「いいから此れ引っこ抜くべ」という低・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ すると佐太郎はにわかに元気になって、むっくり起き上がりました。そして、「くれる?」と三郎にききました。三郎はちょっとまごついたようでしたが覚悟したように、「うん。」と言いました。すると佐太郎はいきなりわらい出してふところの鉛筆をか・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
出典:青空文庫