・・・全能の神が造れる無辺大の劇場、眼に入る無限、手に触るる無限、これもまた我が眉目を掠めて去らん。しかして余はついにそを見るを得ざらん。わが力を致せるや虚ならず、知らんと欲するや切なり。しかもわが知識はただかくのごとく微なり」と叫んだのもこの庭・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・こんな謀反人なら幾百人出て来たって、徳川の天下は今日までつづいているはずである。松平伊豆守なんてえ男もこれと同程度である。番傘を忠弥に差し懸けて見たりなんかして、まるで利口ぶった十五六の少年ぐらいな頭脳しかもっていない。だから、これらはまる・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・ 私は、実の自己と云うものは、一個の肉体に宿る多くの意志、感情、智の中で、生れ出た時既に宇宙の宏大無辺の精力の中から分けられた精力が、その三つの中のいずれかに宿って居る時に、その先天的にある精力を自己と云いたい。 そう云えば、世の人・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・ けれども、却って、偉い人格という、漠然と心に出来ていた型はくずれて、無辺在な光明の微分子のうちに溶けこんでしまうのを感じたのである。 無辺在な光明……。 ほんとに彼女は、もう「偉い人というものは」などという言葉で考えたり探した・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・「何も?」「ああ、畜生!」「よせばいいのに、百姓達は――」 いくつかの声がそれに答えて、劇しく酔いどれのように、「何が――よせばいいのにだ?」「火にくべろ!」「謀反人……」「組合をたくらんでやがる!」「黙・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・ 永遠な、過去と未来とを縦に貫く一線は、又、無辺在な左右を縫う他の一線と、此の小さい無力な私の上に確然と交叉して居るのを感じずには居られないのである。 斯うやって考えて来ると、私は、今日の生活が、如何に「智」に不足して居るかを思わず・・・ 宮本百合子 「無題」
・・・そうしてついに正義は蛇のように謀反者の喉に巻きつく。『彼岸過迄』においては愛を双方で認めながら心も体も近づく事のできない宿命的な悲劇が描かれている。さらに『行人』は夫婦の間でどうしても心を触れ合わせることのできない愛の悲劇を描いている。・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫