・・・「だから、皆で秘すんだから、せめて三ちゃんが聞かせてくれたって可じゃないかね。」「むむ、じゃ話すだがね、おらが饒舌ったって、皆にいっちゃ不可えだぜ。」「誰が、そんなことをいうもんですか。」「お浜ッ児にも内証だよ。」 と密・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・「ここはどこでございますえ。」とほろりと泣く。 七兵衛は笑傾け、「旨いな、涙が出ればこっちのものだ、姉や、ちっとは落着いたか、気が静まったか。」「ここはどっちでしょう。」「むむ、ここはな、むむ、」と独でほくほく。「散・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・「見たか」 高峰は頷きぬ。「むむ」 かくて丘に上りて躑躅を見たり。躑躅は美なりしなり。されどただ赤かりしのみ。 かたわらのベンチに腰懸けたる、商人体の壮者あり。「吉さん、今日はいいことをしたぜなあ」「そうさね、たまにゃお・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・なおその上に面白くなれ。むむ、どうだ。小児三 だって、兄さん怒るだろう。画工 俺が怒る、何を……何を俺が怒るんだ。生命がけで、描いて文部省の展覧会で、平つくばって、可いか、洋服の膝を膨らまして膝行ってな、いい図じゃないぜ、審査所のお・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・「ええ、旦那でいらっしゃいますか。」 と、破れ布子の上から見ても骨の触って痛そうな、痩せた胸に、ぎしと組んだ手を解いて叩頭をして、「御苦労様でございます。」「むむ、御苦労様か。……だがな、余計な事を言わんでも可い。名を言わん・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・「水を汲込んで、水瓶へ……むむ、この風で。」 と云う。閉込んだ硝子窓がびりびりと鳴って、青空へ灰汁を湛えて、上から揺って沸立たせるような凄まじい風が吹く。 その窓を見向いた片頬に、颯と砂埃を捲く影がさして、雑所は眉を顰めた。・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・千ちゃん、私も久しく逢わないで、きのうきょうのお前様は知らないから――千ちゃん、――むむ、お妙さんの児の千ちゃん、なるほど可愛い児だと実をいえば、はじめは私もそれならばと思ったがね、考えて見ると、お前様、いつまで、九ツや十で居るものか。もう・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・「おお、それは難有う。」 と婆の目には、もの珍しく見ゆるまで、かかる紳士の優しい容子を心ありげに瞻ったが、「時に旦那様。」「むむ、」「まあ可哀そうだと思召しまし、この間お休み遊ばしました時、ちょっと参りましたあの女でござ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「そんなに身体を弱らせてどうしようという了簡なんか。うむ、お貞。」 根深く問うに包みおおせず、お貞はいとも小さき声にて、「よく御存じでございます。」「むむ、お前のすることは一々吾ゃ知っとるぞ。」「え。」 とお貞はずり・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・「むむ、私のような奴だ。」 と寂しく笑いつつ、毛肌になって悚とした。「ぎゃっと云って、その男が、凄じい音で顛動返ってしまったんですってね。……夜番は駆けつけますわ、人は騒ぐ。気の毒さも、面目なさも通越して、ひけめのあるのは大火傷・・・ 泉鏡花 「古狢」
出典:青空文庫