・・・その上はただ清水寺の観世音菩薩の御冥護にお縋り申すばかりでございます。」 観世音菩薩! この言葉はたちまち神父の顔に腹立たしい色を漲らせた。神父は何も知らぬ女の顔へ鋭い眼を見据えると、首を振り振りたしなめ出した。「お気をつけなさい。・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・ただ神仏は商人のように、金銭では冥護を御売りにならぬ。じゃから祭文を読む。香火を供える。この後の山なぞには、姿の好い松が沢山あったが、皆康頼に伐られてしもうた。伐って何にするかと思えば、千本の卒塔婆を拵えた上、一々それに歌を書いては、海の中・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ 舳櫓の船子は海上鎮護の神の御声に気を奮い、やにわに艪をば立直して、曳々声を揚げて盪しければ、船は難無く風波を凌ぎて、今は我物なり、大権現の冥護はあるぞ、と船子はたちまち力を得て、ここを先途と漕げども、盪せども、ますます暴るる浪の勢に、・・・ 泉鏡花 「取舵」
出典:青空文庫