・・・あいつはこの間もどう云う量見か、馬頭観世音の前にお時宜をしていました」「気味が悪くなるなんて、……もっと強くならなければ駄目ですよ」「兄さんは僕などよりも強いのだけれども、――」 無精髭を伸ばした妻の弟も寝床の上に起き直ったまま・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・竜山の観音を今ぞ拝み奉ると、先ず境内に入りて足を駐めつ、打仰ぎて四辺を見るに、高さはおよそ三、四百尺もあるべく亙りは二町あまりもあるべき、いと大きなる一トつづきの巌の屏風なして聳え立ちたるその真下に、馬頭尊の御堂の古びたるがいと小やかに物さ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・そして道ばたにマドンナを祭るらしい小祠はなんとなく地蔵様や馬頭観世音のような、しかしもう少し人間くさい優しみのある趣のものであった。西洋でもこんなものがあるかと思ってたのもしいような気もした。山腹から谷を見おろすと、緑の野にまっ白な道路が真・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫