・・・一朝、生活にことやぶれ、万事窮したる揚句の果には、耳をつんざく音と共に、わが身は、酒井真人と同じく、「文芸放談」。どころか、「文芸糞談」。という雑誌を身の生業として、石にかじりついても、生きのびて行くやも知れぬ。秀才、はざま貫一、勉学を廃止・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・長い間にきわめて緩徐に造り上げらるるのであるが、その薄ぎたない見すぼらしい目隠しがある日に突然取り去られるからである。長い間人目につかない所でこつこつ勉強して力を養っていた人間がある日の運命のあけぼのに突然世間に顔を出すようなものである。・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 長い間人間の目の敵にされて虐待されながら頑強な抵抗力で生存を続けて来た猫草相撲取草などを急に温室内の沃土に移してあらゆる有効な肥料を施したらその結果はどうなるであろう。事によると肥料に食傷して衰滅するかもしれない。貧乏のうちは硬骨なの・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
出典:青空文庫