・・・そして今まで燃えた事のある甘い焔が悉く再生して凝り固った上皮を解かしてしまって燃え立つようだ。この良心の基礎から響くような子供らしく意味深げな調を聞けば、今まで己の項を押屈めていた古臭い錯雑した智識の重荷が卸されてしまうような。そして遠い遠・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・やさしい可愛らしい彼女の胸の中には天地をもとろかすような情火が常に炎々として燃えて居る。その火の勢が次第に強くなりて抑えきれぬために我が家まで焼くに至った。終には自分の身をも合せてその火中に投じた。世人は彼女を愚とも痴ともいうだろう。ある一・・・ 正岡子規 「恋」
・・・その東の空はもう白く燃えていました。私は天の子供らのひだのつけようからそのガンダーラ系統なのを知りました。またそのたしかに于大寺の廃趾から発掘された壁画の中の三人なことを知りました。私はしずかにそっちへ進み愕かさないようにごく声低く挨拶しま・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・ 早りっ気で思い立つと足元から火の燃えだした様にせかせか仕だす癖が有るので始めの一週間ばかりはもうすっかりそれに気を奪われて居た。 土の少なくなったのに手を泥まびれにして畑の土を足したり枯葉をむしったりした。 けれ共今はもうあき・・・ 宮本百合子 「秋毛」
・・・ 別にお君をこの上なく美くしいとか、利口だとか又は可愛とかは思って居るのではないけれど、恭二の心の中には一種、他の愛情とは異った、静かな、落ついた愛情が萌えて、自分ばかりをたよりにして居る女をかばってやる事は当然自分の尽すべき事の様に考・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・鉢植えの植物には薄青い芽が萌えたばかりである。そのみずみずしいのを猫は食いたいんだ、きっと。 臥たまま手でテーブルをガタガタやった。退かぬ。ちょうどいい工合に病室の扉があいた。 ――ああ、ターニャ! ――まだやってらっしゃるんで・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ コーコー、コーコー笑いさざめきながら水共が、或るときは岸に溢れ出し、或るときは途方もないところまで馳けこんで大賑やかな河原には小石の隙間から一面に青草が萌え、無邪気な雲雀の雛の囀りが、かご茨や河柳の叢から快く響いて来る。 桑の芽は・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 水気の多い南風がかるく吹いて、この間種ねを下した麦だの、その他の草花の青い芽が、スイスイと一晩の中に萌え出て仕舞って居る。 私のきらいなあの紅い椿も、今日は、うるんだ色に見えて居るし、高々と、空の中に咲いて居る白木蓮の花が、まぶし・・・ 宮本百合子 「南風」
・・・を生垣にして置いて、春先に成ると柔かい新萌えの芽を摘んで、細かく刻んで、胡桃やお味噌と混ぜて食べるのである。 頭に鍔広の帽子を被って、背中に山や沼を吹き越して来る涼風を受けながら、調子付いてショキリショキリと木鋏を動して居ると、誰か彼方・・・ 宮本百合子 「麦畑」
・・・ 中食の卓とちょうど反対のところに、大きな炉があって、火がさかんに燃えていて、卓の右側に座っている人々の背を温めている。雛鶏と家鴨と羊肉の団子とを串した炙き串三本がしきりに返されていて、のどかに燃ゆる火鉢からは、炙り肉のうまそうな香り、・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
出典:青空文庫