・・・主人 もしもし御勘定を置いて行って下さい。王子無言のまま、金を投げる。第二の農夫 御土産は?王子 (剣の柄何だと?第二の農夫 いえ、何とも云いはしません。(独り語剣だけは首くらい斬れるかも知れない。主人 ・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・や、それが空駕籠じゃったわ。もしもし、清心様とおっしゃる尼様のお寺はどちらへ、と問いくさる。はあ、それならと手を取るように教えてやっけが、お前様用でもないかの。いい加減に遊ばっしゃったら、迷児にならずに帰らっしゃいよ、奥様が待ってござろうに・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・ (もしもし何処 いや、実際六、七歳ぐらいの時に覚えている。母親の雛を思うと、遥かに竜宮の、幻のような気がしてならぬ。 ふる郷も、山の彼方に遠い。 いずれ、金目のものではあるまいけれども、紅糸で底を結えた手遊の猪口や、金米糖・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・ ここは弥次郎兵衛、喜多八が、とぼとぼと鳥居峠を越すと、日も西の山の端に傾きければ、両側の旅籠屋より、女ども立ち出でて、もしもしお泊まりじゃござんしないか、お風呂も湧いていずに、お泊まりなお泊まりな――喜多八が、まだ少し早いけれど……弥・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・「……もしもし、放送局ですか。実は今放送しておられる杉山節子さんに急用なんですが、電話口へ呼んで下さいませんか」「うふふ……」 交換手は笑って、「放送中の人を、電話口に呼べませんよ」「あッ、なるほど、こりゃうっかりしてま・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ ある夜、寂しい道。もしもし。男だ。一緒に歩きませんか。ええ。胸がドキドキした。立ち停る。男の手が肩に。はっと思った途端宮枝は男を投げ飛ばしていた。 織田作之助 「好奇心」
・・・と肉屋は、空地の向うの家の戸口へいって、「もしもしちょっと。どなたかいらっしゃいませんか。」と言って、戸をたたきました。すると、中から、うすぎたない女が戸をあけました。肉屋は今の病犬のことを話して、かわいそうですから水をのましてやりたい・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・ぼくね、この網をふところにいれてばけものに行ってね。もしもし。こんにちは、ぼくをのめますかのめないでしょう。とこういうんだよ。ばけものはおこってすぐのむだろう。ぼくはそのときばけものの胃ぶくろのなかでこの網をだしてね、すっかりかぶっちまうん・・・ 宮沢賢治 「いちょうの実」
・・・商船の甲板でシガアの紫の煙をあげるチーフメートの耳の処で、もしもしお子さんはもう歩いておいでですよ、なんて云って行くんだ。船の上の人たちへの僕たちの挨拶は大抵斯んな工合なんだよ、 上の方を見るとあの冷たい氷の雲がしずかに流れている。そう・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・どうもひとのうちの門口に立って、もしもし今晩は、私は旅の者ですが、日が暮れてひどく困っています。今夜一晩泊めて下さい。たべ物は持っていますから支度はなんにも要りませんなんて、へっ、こんなこと云うのは、もう考えてもいやになる。そこで今夜はここ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫