・・・それもたって勧めるではなく、彼の癖として少し顔を赤らめて、もじもじして、丁寧に一言「行きませんか」と言ったのです。 私はいやと言うことができないどころでなく、うれしいような気がして、すぐ同意しました。 雪がちらつく晩でした。 木・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・妻はもじもじしながらいう。母は号令でもするように言う。母は三言目には喧嘩腰、妻は罵倒されて蒼くなって小さくなる。女でもこれほど異うものかと怪しまれる位。 母者ひとの御入来。 其処は端近先ず先ずこれへとも何とも言わぬ中に母はつかつかと・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 或日の夕暮、一人の若い品の佳い洋服の紳士が富岡先生の家の前えに停止まって、頻りと内の様子を窺ってはもじもじしていたが遂に門を入って玄関先に突立って、「お頼みします」という声さえ少し顫えていたらしい。「誰か来たぞ!」と怒鳴ったの・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・と少女は少しもじもじして居る。 二階の女の姿が消えると間もなく、下の雨戸を開ける音がゴトゴトして、建付の曲んだ戸が漸と開いた。「オヤ好い月だね、田川さんお上がんなさいよ」という女は今年十九、歳には少し老けて見ゆる方なるがすらりとした・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・ コーリヤはもじもじしていた。「さ、やるよ。」「有がとう。」 顔にどっか剣のある、それで一寸沈んだ少年が、武石には、面白そうな奴だと思われた。「もっとやろうか。」 少年は呉れるものは欲しいのだが、貰っては悪いというよ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・をイエどうも私はと一言を三言に分けて迷惑ゆえの辞退を、酒席の憲法恥をかかすべからずと強いられてやっと受ける手頭のわけもなく顫え半ば吸物椀の上へ篠を束ねて降る驟雨酌する女がオヤ失礼と軽く出るに俊雄はただもじもじと箸も取らずお銚子の代り目と出て・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ この次郎は私の話を聞いているのかと思ったら、何かもじもじしていたあとで、私の前に手をひろげて見せた。「とうさん、月給は?」 この「月給」が私を笑わせた。毎月、私は三人の子供に「月給」を払うことにしていた。月の初めと半ばとの二度・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・自分はただもじもじと帯上を畳んでいたが、やっと、「おばさんもみんな留守なんだそうですね」とはじめて口を聞く。「あの、今日は午過ぎから、みんなで大根を引きに行ったんですの」「どの畠へ出てるんですか。――私ちょっと行ってみましょう」・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・、コーヒー一ぱい飲んで、やっぱり旗色がわるく、そのまま、すっと帰って、その帰途、兄は、花屋へ寄ってカーネーションと薔薇とを組合せた十円ちかくの大きな花束をこしらえさせ、それを抱えて花屋から出て、何だかもじもじしていましたので、私には兄の気持・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・この署長はひどく酒が好きで、私とはいい飲み相手で、もとから遠慮も何も無い仲だったのですが、その夜は、いつになく他人行儀で、土間に突立ったまま、もじもじして、「いや、きょうは、」と言い、「お願いがあって来たのです。」と思いつめたような口調・・・ 太宰治 「嘘」
出典:青空文庫