・・・斯う心の中に思いながら、彼が目下家を追い立てられているということ、今晩中に引越さないと三百が乱暴なことをするだろうが、どうかならぬものだろうかと云うようなことを、相手の同情をひくような調子で話した。「さあ……」と横井は小首を傾げて急に真・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「其処でどういうんです、貴様の目下のお説は?」と岡本は嘲るような、真面目な風で言った。「だから馬鈴薯には懲々しましたというんです。何でも今は実際主義で、金が取れて美味いものが喰えて、こうやって諸君と煖炉にあたって酒を飲んで、勝手な熱・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・鯨の餌食となり、雀が鷹の餌食となり、羊が狼の餌食となる動物の世界から進化して、まだ幾万年しかへていない人間社会にあって、つねに弱肉強食の修羅場を演じ、多数の弱者が直接・間接に生存競争の犠牲となるのは、目下のところやむをえぬ現象で、天寿をまっ・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 鰯が鯨の餌食となり、雀が鷹の餌食となり、羊が狼の餌食となる動物の世界から進化して、尚だ幾万年しか経ない人間社会に在って、常に弱肉強食の修羅場を演じ、多数の弱者が直接・間接に生存競争の犠牲となるのは、目下の所は已むを得ぬ現象で、天寿を全くし・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・ 二人が塵払の音のする窓の外を通った時は、岩間に咲く木瓜のように紅い女の顔が玻璃の内から映っていた。 新緑の頃のことで、塾のアカシヤの葉は日にチラチラする。薮のように茂り重なった細い枝は見上るほど高く延びた。 高瀬と学士とは・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・「あのかたは、お小さいときからひとり変って居られた。目下のものにもそれは親切に、目をかけて下すった」 私は立ったまま泣いていた。けわしい興奮が、涙で、まるで気持よく溶け去ってしまうのだ。 負けた。これは、いいことだ。そうなければ、い・・・ 太宰治 「黄金風景」
あなたは文藝春秋九月号に私への悪口を書いて居られる。「前略。――なるほど、道化の華の方が作者の生活や文学観を一杯に盛っているが、私見によれば、作者目下の生活に厭な雲ありて、才能の素直に発せざる憾みあった。」 おたがいに・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・飛行機から爆弾を投下する光景や繋留気球が燃え落ちる場面があるというので自分の目下の研究の参考までにと見に行ったのが「ウィング」であった。それから後、象の大群が見られるというので「チャング」を見、アフリカの大自然があるというので「ザンバ」を見・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・すなわち当面の問題に多少の関係さえあれば、これが如何に目下の研究に縁が遠くまた如何に古くまた無価値ないしは全然間違ったものでも無差別無批評に列挙するという風の傾向を生じる事もある。この傾向は例えばドイツの物理学者などの中にしばしば見受ける所・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・最近にある友人の趣味に少しかぶれて植物界への注意が復活しかけたのと、もう一つには自分の目下の研究の領域が偶然に植物生理学の領域と接触し始めたために、この好機会を利用して少しばかりこの方面の観察をしようと思ったので、まず第一の参考として牧野氏・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
出典:青空文庫