・・・斯んな歌になって見ると、棺の窮屈なのも却て趣味が無いではないが、併し今自分の体が棺の中に這入っておると考えると、可成窮屈にないようにして貰いたい感じがする。尤もこれは肺病患者であると、胸を圧せられるなども他の人よりは幾倍も窮屈な苦しい感じが・・・ 正岡子規 「死後」
・・・ みんなは、尤もだと思って、それから西の方の笊森に行きました。そしてだんだん森の奥へ入って行きますと、一本の古い柏の木の下に、木の枝であんだ大きな笊が伏せてありました。「こいつはどうもあやしいぞ。笊森の笊はもっともだが、中には何があ・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・海洋は摩擦少きも却って速度は大ならず。最も愚鈍なるもの最も賢きものなり、という白い杭が立っている。これより赤道に至る八千六百ベスターというような標もあちこちにある。だから僕たちはその辺でまあ五六日はやすむねえ、そしてまったくあの辺は面白いん・・・ 宮沢賢治 「風野又三郎」
・・・三文文士がこの字で幼稚な読者をごまかし、説教壇からこの字を叫んで戦争を煽動し、最も軽薄な愛人たちが、彼等のさまざまなモメントに、愛を囁いて、一人一人男や女をだましています。 愛という字は、こんなきたならしい扱いをうけていていいでしょうか・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・それ以来幸なことに白痴は一人も出なかった。尤も、気違いが一人いたが。――三十五になる、村ではハイカラな女であった。彼女は東京に出て、墓地を埋めて建てた家を知らずに借りて住んだ。そこで二人目の子供を産んで半月立った或る夕方、茶の間に坐っていた・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ 尤もこの女中は、本能的掃除をしても、「舌の戦ぎ」をしても、活溌で間に合うので、木村は満足している。舌の戦ぎというのは、ロオマンチック時代のある小説家の云った事で、女中が主人の出た迹で、近所をしゃべり廻るのを謂うのである。 木村は何・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・その時の話に、敢て注文するではないが、今の文壇の評を書いてくれたなら、最も嬉しかろうと云うことであった。何か書けが既に重荷であるに、文壇の事を書けはいよいよむずかしい。新聞に従事して居る程の人は固より知って居られるであろうが、今の分業の世の・・・ 森鴎外 「鴎外漁史とは誰ぞ」
・・・「もしも一個の人間が、現下に於て、最も深き認識に達すれば、コンミニストたらざるを得なくなる。」と。 しかしながら、文学に対して、最も深き認識に達したものは、コンミニストたらざるを得なくなるであろうか。 もしも、文学に対して、最も・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・これは尤もなことである。さまで理解困難な現象ではないのである。何ぜならこれは、今迄用い適用されていた感覚が、その触発対象を客観的形式からより主観的形式へと変更させて来たからに他ならない。だが、そこに横たわった変化について、理論的形式をとって・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・真面目な、ごく真面目な目で、譬えば最も静かな、最も神聖な最も世と懸隔している寂しさのようだとでも云いたい目であった。そうだ。あの男は不思議に寂しげな目をしていた。 下宿の女主人は、上品な老処女である。朝食に出た時、そのおばさんにエルリン・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫