・・・と鍵の束持てるポマアドの悪臭たかき一看守に背押されて、昨夜あこがれ見しテニスコートに降り立ちぬ。 銅貨のふくしゅう。……の暗躍。ただ、ただ、レッド・テエプにすぎざる責任、規約の槍玉にあげられた鼻のまるいキリスト。「温度表を見て下さい・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・クララ頬に紅して手に持てる薔薇の花を吾が耳のあたりに抛つ。花びらは雪と乱れて、ゆかしき香りの一群れが二人の足の下に散る。…… Druerie の時期はもう望めないわとウィリアムは六尺一寸の身を挙げてどさと寝返りを打つ。間にあまる壁を切りて、・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ ある人咸陽宮の釘かくしなりとて持てるを蕪村は誹りて「なかなかに咸陽宮の釘隠しと云わずばめでたきものなるを無念のことにおぼゆ」といえり。蕪村の俗人ならぬこと知るべし。蕪村かつて大高源吾より伝わる高麗の茶碗というをもらいたるを、それも咸陽・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・もう一つはどれにするかな もう四人だけ渡っている。飛石の上に両あしを揃えてきちんと立って四人つづいて待っているのは面白い。向うの河原のを動かそう。影のある石だ。持てるかな。持てる。けれども一番波の強いところだ。恐らく少し小さいぞ。小・・・ 宮沢賢治 「台川」
・・・てめえの持てるだけ持ってうせちまえ。てめえみたいな、ぐにゃぐにゃした男らしくもねえやつは、つらも見たくねえ。早く持てるだけ持ってどっかへうせろ。」いたちはプリプリして、金米糖を投げ出しました。ツェねずみはそれを持てるだけたくさんひろって、お・・・ 宮沢賢治 「ツェねずみ」
・・・もっともそちの持てるだけ預けることといたそうぞよ」 どうもさむらいのことばが少し変でしたし、そしてたしかに変ですが、まあ六平にはそんなことはどうでもよかったのです。「へい。へい。何の千両ばこの十やそこばこ、きっときっと持ち参るでござ・・・ 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・この日、ラジオの解説の時間は、戦時利得税、財産税というものの正体がつまるところは大衆課税であって、より多くの持てる者が、持たざるものよりも遙に有利に権力によって守られる仕組みにできていることを、確認させたのであった。この課税の方法によると大・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・の子のために、社会に必要なあらゆる施設を、それが住宅と産院であるにしろ、托児所や子供公園であるにしろ、食堂であり、洗濯所であるにしろ、自分たち女性のもの、つまりは息子や娘たちのものとして、一つでも多く持てるように骨折っていいのだと思う。・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・科学の真の発展の動因は原理のうちにあるとすれば、日本の若い世代がその貢献によって人類の原理を一進させ得るときが持てるように、家庭での科学教育や科学性の普及が行われることを切望する心持になる。今日の旺盛なアダプタビリティにも増す独創或は創造の・・・ 宮本百合子 「市民の生活と科学」
・・・衣服にこういう変化を持てるということは、とりも直さず家庭での仕事、外での勤労が規則的に行われること、簡単に着換えられる衣類の形であること、生活の感情の多様さが活かされている社会の雰囲気であるということを語っていて、そこに簡単簡素ということは・・・ 宮本百合子 「働くために」
出典:青空文庫