・・・運び残した財物も少くないから、夜を守る考えも起った。物置の天井に一坪に足らぬ場所を発見してここに蒲団を展べ、自分はそこに横たわって見た。これならば夜をここに寝られぬ事もないと思ったが、ここへ眠ってしまえば少しも夜の守りにはならないと気づいた・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・ 有体に言うと今の文人の多くは各々蝸牛の殻を守るに汲々として互いに相褒め合ったり罵り合ったりして聊かの小問題を一大事として鎬を削ってる。毎日の新聞、毎月の雑誌に論難攻撃は絶えた事は無いが、尽く皆文人対文人の問題――主張対主張の問題では無・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 人々は、牛女の姿が見えないのをいぶかしがって、「子供が、もう町にいなくなったから、牛女は見守る必要がなくなったのだろう。」と、語り合いました。 その冬も、いつしか過ぎて春がきたころであります。町の中には、まだところどころに雪が・・・ 小川未明 「牛女」
・・・という上林暁の攻撃を受け、それは無理からぬことであったが、しかし、上林暁の書いている身辺小説がただ定跡を守るばかりで、手のない時に端の歩を突くなげきもなく、まして、近代小説の端の歩を突く新しさもなかったことは、私にとっては不満であった。一刀・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・では、郷を去るまでだ、俺は俺の頭を守ると、私は気障な言い方をして、寮を去り下宿住いをした。丁度満州事変が起った直後のことであった。 寮生はすべて丸刈りたるべしという規則は、私にとっては奇怪な規則であった。私は何故こんな規則が出来たのだろ・・・ 織田作之助 「髪」
・・・これは豪雨のときに氾濫する虞れの多い溪の水からこの温泉を守る防壁で、片側はその壁、片側は崖の壁で、その上に人々が衣服を脱いだり一服したりする三十畳敷くらいの木造建築がとりつけてあった。そしてこれが村の人達の共同の所有になっているセコノタキ温・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・これ倶楽部の窓より漏るるなり。雲の絶え間には遠き星一つ微かにもれたり。受付の十蔵、卓に臂を置き煙草吹かしつつ外面をながめてありしがわが姿を見るやその片目をみはりて立ちぬ、その鼻よりは煙ゆるやかに出でたり。軽く礼して、わが渡す外套を受け取り、・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・に閃く火花の見事なる、雨降る日は二十ばかりの女何事をかかしましく叫びつ笑いて町の片側より片側へとゆくに傘ささず襟頸を縮め駒下駄つまだてて飛ぶごとに後ろ振り向くさまのおかしき、いずれかこの町もかかる類に漏るべき、ただ東より西へと爪先上がりの勾・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ 人間が、文化と、精神と霊とを持っているのでなかったら夫婦道というものは初めから無理で意味をなさないのだから、夫婦になる以上は性に関する、文化的、精神的、霊的要求を充分に夫婦道に盛るべきだ。そういう愛を互いに期待すべきだ。だからこのごろ・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・これは一方が打算から身を守るというようなことでなく、相互にそうしなければ恋愛の自覚上気がすまない。これが本当の慎しみというものだ。 学生は大体に見て二十五歳以下の青年である。二十五歳までに青年がその童貞を保持するに耐えないという理拠があ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫