・・・ 電車が無いから、御意の通り、高い車賃を、恐入って乗ろうというんだ。家数四五軒も転がして、はい、さようならは阿漕だろう。」 口を曲げて、看板の灯で苦笑して、「まず、……極めつけたものよ。当人こう見えて、その実方角が分りません。一・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ 越中に泊と云って、家数千軒ばかり、ちょっと繁昌な町があります。伏木から汽船に乗りますと、富山の岩瀬、四日市、魚津、泊となって、それから糸魚川、関、親不知、五智を通って、直江津へ出るのであります。 小宮山はその日、富山を朝立、この泊・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・千日前の歌舞伎座の横丁――昔中村鴈治郎が芝居への通い路にしていたとかで鴈治郎横丁と呼ばれている路地も、以前より家数が多くなったくらいバラックが建って、食傷路地らしく軒並みに飲食店だ。などという話を見聴きすれば、やはりなつかしいが、しかし、・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・その片陰に家数二十には足らぬ小村あり、浜風の衝に当たりて野を控ゆ。』 その次が十一月二十二日の夜『月の光、夕の香をこめてわずかに照りそめしころ河岸に出ず。村々浦々の人、すでに舟とともに散じて昼間のさわがしきに似ずいと寂びたり。白馬一・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・ここは秩父第一の町なれば、家数も少からず軒なみもあしからねど、夏ながら夜の賑わしからで、燈の光の多く見えず、物売る店々も門の戸を早く鎖したるが多きなど、一つは強き雨の後なればにもあるべけれど、さすがに田舎びたりというべし。この日さのみ歩みし・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 枯れ柴にくひ入る秋の蛍かな 闇の雁手のひら渡る峠かな 二更過ぐる頃軽井沢に辿り着きてさるべき旅亭もやと尋ぬれども家数、十軒ばかりの山あいの小村それと思しきも見えず。水を汲む女に聞けば旅亭三軒ありといわるるに喜びて一つの・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・温泉を環りて立てる家数三十戸ばかり、宿屋は七戸のみ。湯壺は去年まで小屋掛のようなるものにて、その側まで下駄はきてゆき、男女ともに入ることなりしが、今の混堂立ちて体裁も大に整いたりという。人の浴するさまは外より見ゆ。うるさきは男女皆湯壺の周囲・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫