・・・ 現在、私の心を満し、霊魂を輝やかせ、生活意識をより強大にしている愛は、本質に於て不死と普遍とを直覚させています。 けれども、若し、明日、彼を、冷たい、動かない死屍として見なければならなかったら、どうでしょう! 心が息を窒めてし・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・ 私はまるで試験官のようなひやっこいはっきりした心地で女の心を見とおすように傍にひかえてひややかに笑って居る。「よく来られたネー、私は大抵だめだろうと思ってたんだが」「ずいぶん工夫してネ、それでもやっと、夜までは……かまわないん・・・ 宮本百合子 「砂丘」
・・・しかし、この部落の闘争の背景をなす大きい運動が感じられるように書かれていず、又はじめにいきなり葬式行列と死骸のやかれるひどい有様からかき起したのは構成の上で失敗である。全体の結構から云ってあすこは必要ない。それから、作者は「であろう」という・・・ 宮本百合子 「小説の選を終えて」
・・・ 昼休み 賑やかな手風琴の音が工場の広場にひびきわたっている。地面に雪は凍っているが、そんなことはものともせず、モスクワ煙草工場の労働婦人たちが仕事着の上へ外套をひっかけた姿で、笑いさざめきながらぐるりと広場に・・・ 宮本百合子 「ソヴェト同盟の三月八日」
・・・のびやかな、明るい、千世子の姿に吸いよせられた様に二人はジーッと見て居た。 実際又美くしかったに違いない。 千世子自身も、世の中のあらゆる幸福が自分を被うて他人より倍も倍もの恵を下されて居る様に感じて居た。 殆すべり出る様にして・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・おだやかな心持のユーラスは四人の兄弟中の誰よりも、皆に大切にされ、いとおしがられていたのです。 陽気な、疲れることなどをまるで知らないニムフの踊りの輪から、ようようぬけた彼は、涼しさを求めて、ズーッと橄欖の茂り合った丘を下り、野を越えて・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 片山里に住むとは云え風流ごのみは流石京の公卿、広やかな邸の内、燈台の影のないのはおぼろおぼろの春の夜の月の風情をそこなってはと遠くしりぞけられて居るためで、散りもそめず、さきものこらず、雲かとまがう万朶の桜・・・ 宮本百合子 「錦木」
・・・志賀直哉の散文はよくやかれた瓦できっちりとふかれた屋根屋根の起伏の美しき眺望のように見るものの心にうつるたしかさをもっている。が、生活の中からせり出して来る生々しい建造物の規模はもっていない。 散文家として比較すれば、鴎外の方が漱石より・・・ 宮本百合子 「バルザックについてのノート」
・・・朝の食事が終ると、夕飯が配られる迄、その間に僅かの休みが与えられるだけで、やかましい課程がきめられていた。日曜大祭日は、その労役が免除された。そういう日に、重吉たちは、限られた本をよむことが出来た。そのかわりに、その日は食事の量が減らされた・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・をし、ゴーリキイはそれを助けたのであったが、この村の生活で、二人は富農のために店をやかれ、危く殺されそうになった。農民、特に富農が「理性的に生活しようとする人をいかに執拗に憎悪する」かということ、及び、解放運動に参加する一勢力として持ってい・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫